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「短編小説集」

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自作の短編小説集です。キャバクラ からファンダジーまで。作品によって幅があるので、気に入っていただけるものがあると嬉しいです。
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2020年1月の記事一覧

【短編】 「ストロベリー & シガレッツ」

高校時代の一大イベントといえば放課後に女の子といっしょに帰ることで、高1の真冬に「サクライ、いっしょに帰ろ」とクラスの女子に声をかけられた。 女子の名前は冗談みたいだけど真冬で(後日、クラスの男子に「真冬に真冬と帰った」と当然のようにからかわれるも、高1の男子の知性なんてそんなものだ)、雪の降る寒い帰り道で、とくに話すこともなかったので「真冬に生まれたの?」と聞いたら「真夏に生まれた」とこたえたので意味がわからず「意味がわからない」と重ねたら「8月生まれなんだけど、ひどい冷

【短編】「チャンバロウと7つの喜劇、あるいは閉鎖空間における熱狂的な愛欲について」

本日はここ、渋谷スタジオパークに、先日の芥川賞から惜しくも選考にすら入らなかった作家のヤナギ・ケンさんにお越しいただきました。 「ネコ・ヤナギです」 ヤナギさんこんにちは、今回は非常に残念な結果となってしまったわけですが、しかしながら、新作の『チャンバロウと7つの喜劇、あるいは閉鎖空間における、変態的な性欲について』という作品は、 「熱狂的な愛欲です」 非常に高い評価を得ています。とくに注目されているのが、チャンバロウはほんとうは実在するAさんではないのか、喜劇は実際

小説 『黒い雨、死の灰、赤いクーペ』 #3/3

世界で一番きれいな場所はどこだろう? 雨の降ったあとのウユニ塩湖、朝陽に照らされたピラミッド、夕焼けのモルジブの海、コート・ダジュールの夏の日差し、シルクロードをすすむラクダの群れ、アラスカの白夜にうかぶ七色のオーロラ――。私はそのどれも見たことはなかった。 「『ブラウン・バニー』って映画があって」と、暗闇の中でミナミの声がする。「ウユニ塩湖は、日本だと雨季が有名だけど、乾季になると、地平線まで、まったいらな地面があらわれる。巨大な、ありえないぐらい巨大なグラウンドだ。自

小説 『黒い雨、死の灰、赤いクーペ』 #2/3

夢オチ、という魔法の言葉がある。 少年ジャンプで連載が打ち切られる漫画や、逆に長すぎて収集がつかなくなった漫画でときどき使用される。 物語の全部が夢だった、という展開。目が覚めたら別の世界だった、というオチ。 それまでのストーリーを全部無視してちゃぶ台をひっくりかえす禁断の手法だから、評判は良くない。でもーーと私は思う。現実が直視できないくらい悲惨なら、夢であったほうが絶対に良い。 起きて別世界だったら泣いて喜ぶほど幸せだったのに、まだ私は地下の研究所にいた。 停電

小説 『黒い雨、死の灰、赤いクーペ』 #1/3

1週間ぶりに地上に出たら、世界が消えていた。 駐車場の一番手前の右側に停めていたはずの車がなかった。私の車だけじゃなくて、10台はあった全ての車が(地震研究所の資材運搬用の大型トラックも)、どこにも見当たらなかった。 というか、駐車場それ自体がなかった。アスファルトや車止め、ガードレールごと消滅していた。そのかわり赤茶色の土があたり一面に広がっている。 街への道路も、陸橋も、果樹園の巨大な看板も、なにもかもがなかった。ここは日本の長野県のはずなのに、アメリカのグランドキ