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【短編】切る
髪を切る、前髪を揃える。
関係を切る。彼と私は他人になる。いや、元々他人だったか。
そんなことを考えながら、麻美はふと自分の腕に目をやった。古いリストカットの跡の中に、何本か真新しいみみずばれのような傷が目についた。
麻美にとってそれは、自分が自分でいるための一つの儀式だった。どんなに他人に止められようと、やめることのできない自分の決めた儀式。細く白い体躯には似つかないその痛々しい傷は、彼女が彼女で足るために必要なものだった。
そんな彼女に彼は、孝明はこう言ってのけた。
「君の支えに僕は不必要なようだ」
違う、そうじゃない。叫びだしそうになるのを麻美は抑えて、その後の彼の言葉を聞いた。
「なんどやめてほしいと伝えても、君はそれをやめてくれない。僕に対する当てつけかなにかのつもりかい?だとしたら成功だよ。僕はもう君と言う存在に辟易してきたんだ」
涙は出そうで出ない。麻美は孝明が何を言っているのか、何を言わんとしているのか、理解はできるが理解が追い付かない。麻美は今、自分の儀式のせいで、今までの人生の中で初めて心から愛した人を失おうとしている。
けれど、麻美はほっとしてもいた。会うたびに増える傷を痛ましそうに見る彼をもう、見なくてもいいのだと――
だから麻美は決めた。彼との関係を切る。
そして、彼が好きだった長い黒髪をきる。
うねるからと伸ばしていた前髪も
彼から伸びた友人関係も
全部全部全部切る。
溢れだしたその思いは、手首から血が流れだすときのようにすーっと自分の中から出てきた。
私はきっと本当は煩わしかったのだ。
黒い長い髪も、うねるからと伸ばした前髪も、自分とは合わない彼の友人関係にへらへらと笑いながら付き合うのも全部全部、うざったかったのだ。それは彼の、私の腕を見る目すらも。
だから切る。私は関係を。
すっとした気持ちで、麻美は孝明との別れを受け入れた。
そのあと麻美は今まで抑え込んでいたリストカットの衝動とオーバードーズの衝動を解放させた。
それが彼女の死に繋がって、孝明は後悔することになることを今は彼女たちは知らない。彼女は不幸なのだろうか。孝明は手ひどく彼女を振った悪者なのだろうか。
違う。彼女はある意味で幸せだし、孝明は彼女を幸せの場所に連れて行っただけなのだから。
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