見出し画像

「年収10倍アップ勉強法」に希望を持った世代の末路

佐藤ひろおです。会社を休んで早稲田の大学院生をしています。
三国志の研究を学んでいます。

『ファスト教養 10分で答えが欲しい人たち』という本を読みました。
少しでもちゃんと勉強したことがあるひと、少しでも文化に造詣があるひとが、みなで苦々しく思っているのが、だれが書いて編集したか分からない「まとめ」本や、門外漢による粗雑な「解説」youtubeです。それがお手軽に学べる「教養」として流通しています。

著者のレジーさんは、1981年生まれのアラフォー。当人の味わってきた時代の雰囲気に沿い、どうして「10分で答えが欲しい人たち」のニーズに応える薄っぺらで間違いだらけの「教養」本や動画があふれてしまうのかを時系列で振り返っています。
ぼくは1982年生まれ。同じ時代の空気を吸っていました。

レジーさんによると、勝間和代『無理なく続けられる年収10倍アップ勉強法』が「ファスト教養」の源流の一つ。2007年4月発売で、当時のベストセラー。いまブックオフでは100円、アマゾンでは本体1円です。現在のアラフォーが「新社会人」だったころに出版されました。

どんな本か。「年収10倍」というのは、著者の勝間和代氏(いまもメディアにいますが)が、英語・会計・ITを勉強し、新卒時代から、本を書いた当時(38歳)までに、年収を10倍にしたという手柄の本です。母集団が1人、著者の成功物語というのは、自己啓発本の典型ですね。※批判しているのではありません。
どのような内容か。勉強するほど年収がアップし、幸福になりますよ。皆さん、しこたま勉強しましょう。目の前の仕事だけしている場合ではありません。ライバルを出し抜くため、20代のうちから勉強にお金・時間・労力を投入して、より年収が高いところへ転職しましょう!!

本のなかの図。どうしようもなくて笑えてきます。元も子もなくて笑えてきます。あまりにも即物的で功利的。苦笑せざるを得ない……と、言いたくなりそうじゃないですか(アラフォーの書き手にありがちな批評精神)。
でも、そうじゃないんですよ。
当時まだ23歳だったぼくにとっては、救済の書、希望の書だったのを覚えています。大阪梅田の紀伊國屋書店で、この本を初めて手に取ったときの興奮、この本を読んだときの、ワンルームマンションでの自分の体勢をまだ覚えているぐらいです。

現在のアラフォーが新社会人だったときの時代の空気はいかに。

昨日公開の動画で、こんな場面がありました。これからのキャリアをどうしたらいいのか?というテーマで、「zoomの設定すらできないオヤジは、淘汰されるしかない」と言われたら、批判された41歳の司会進行役が、「入社した時はもう散々奴隷みたいな働かされ方をして、一生残業させられて、いつか回収できるって言ってて……」と反発
40代まで我慢すれば、何も見ずにハンコだけを押していれば年収××万円、退職金が××万円だというから、目先の理不尽に耐えてきたのに、ハシゴを外されたら、暴動が起きますよ!と。

上の『ファスト教養』の著者も41歳で、「まだ就職氷河期の残り香があるなか」で「なんでこのおじさんたちは飲みに行っているだけで自分より給料が高いのか?と思ったのは一度や二度ではない」という新入社員時代を送ったそうです。

わかるー。ぼくも同じでした。
ぼくがいま大学で出会う学部生からは、「石器時代の話ですか?」と言われそうですけど、基本的に若手社会人に人権はなくて、会社は治外法権だし、「理不尽じゃなければ会社じゃない」という感じ。ぼくの場合、物理的な暴力を食らったのは、「会社の飲み会」だけでしたが、言葉や態度、業務命令によるパワハラは、ふつうのことでした。
しかし、あと数十年耐えていれば、ラクができるはずだ。

そんな時代に、『無理なく続けられる年収10倍アップ勉強法』は、革命の書でした。いやいや、何を大げさな、と思われるでしょうが(いまの自分から見れば、誇張しすぎだろ)と思いますけど、
会社に隠れて勉強することは、アンダーグラウンドな、反乱や謀反の類いだったんですね。「あと数十年」が耐えられず、日々すり減っていく新社会人にとっては、『無理なく続けられる年収10倍アップ勉強法』が心の支えだったんです。いや、ほんとに。

その2000ゼロ年代に新社会人だった世代が、ホリエモンに喝采を送り、勝間和代の本に励まされ、AKB48の自助努力するアイドルに自分を重ね、ニュースピックスの有料会員になり、カネのために「ファスト教養」に群がる。根底にあるのは、「このままじゃキミは通用しないよ/通用しなくなるよ」「成功者になれないよ」という脅迫であった。……というのが、『ファスト教養 10分で答えが欲しい人たち』の見立てであり、絶望的な世界観ですけど、ぼくは、ものすごく身に覚えがあります。

現在の二十歳前後の学生を描き出したのが、『映画を早送りで観る人たち~ファスト映画・ネタバレ――コンテンツ消費の現在形~』だとすれば、

これに年齢を20加算したアラフォーの「ファスト」の悲哀と疲労困憊を描き出したのが、『ファスト教養 10分で答えが欲しい人たち』でしたね。

ちなみにぼく(の末路)は、同時代の若者の一人としてホリエモンに喝采を送り、勝間和代に刺激を受けたけれども、勝間和代さんが提唱する「会社に抜け駆けして、自分のために勉強しよう」を、20代後半から三国志に傾けるようになりました。前職では、会社命令の研修の席で、歴史書『三国志』を読んでおり、帰って人物考察をウェブ上に載せたり。会社のメーリングソフトを立ち上げて、メール上に小説を書いたり……。
趣味の三国志を勉強したところで、お金がもうからなかったんですが、別にいいです(と思えた)。勝間流の骨身を削ってストイックに進捗管理する勉強法を、趣味に向けちゃったので、「30歳にして老後」になりました。そうこうしているうちに(主観的には、三国志の「片手間」で働き)、20代のうちに資産が1,000万円を超え、のち数年で2,000万円を超え……お金に対する恐怖心が薄らぎ、「このままじゃキミは通用しないよ/通用しなくなるよ」「成功者になれないよ」という脅迫が「こうかがいまひとつのようだ」となり、現在に至ります。社会不適合ですけど、別にいいです。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?