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大学院を受験する前に先生に連絡を取るか

佐藤ひろおです。早稲田の大学院生(三国志の研究)と、週4勤務の正社員(メーカー系の経理職)を兼ねています。

ひとつ前の記事で、大学院受験の筆記試験の対策は、あらかじめその先生と繋がりを作っておくことだ、という、対策なのか、はぐらかしなのか、よく分からない結論に至ってしまいました。

おそらく正しいはずですが、大学院に出願するときに、事前に先生に連絡を取ることの当否について、考えを書いておきたいと思います。

事前に先生に連絡を取るほうがよい

どこまでが「常識」なのか分かりませんが、
事務的に出願書類だけを整えて、「たのもー!」と門戸を叩いていきなり受験するよりも、あらかじめ習いたい先生に連絡を取ったり(メール?)、紹介してもらえる経路を探したりして、会話をしておくことが有効でしょう。博士課程ならば、なおさらです。

ぼくの考えでは、事前に先生に連絡を取るべきだと思います。
※個人の意見です
※マニュアル化されておらず、みんな戸惑うのではないか

受験で合格するように便宜を図ってもらう……という不正の話ではなく。受験問題を事前に教わる……という意図もありません。

博士課程に入ったら、先生との相性がものすごく大切です。
研究テーマが興味と重なり、研究手法や成果が目標になる、として先生に目星を付けると思いますが、人間対人間として習いやすいか(付き合いやすいか)によって、博士論文を書けるかどうかが決まるでしょう。
※まだやってないので知らんけど

ハラスメント気質だとか、そういう問題でもなく。評価がカライか甘いかという問題でもなく。
いま、大学教員には(時として過剰に)クリーンさが求められているので、明らかなパワハラ・アカハラ気質は、表面化しませんし、そのような先生は減っている印象です。

いま、われわれ受験者は、研究能力が不足しています(だから入学して学ぶのだ)。ふわふわしたアイディアを、ほめたり、なだめたり、叱咤激励したしてもらいながら、論文のかたちに落とし込んでいかなければならないので、先生との相性が大事です。
会社ならば、単なる「上司ガチャ」「配属ガチャ」として諦めがつきますけど、大学院は、もうちょい主体性を発揮してもよい。むしろ、主体性を発揮したほうがよい。
※会社は主体性を発揮しないほうがよい

希望する指導教員とメールすら交わしたことなく、大学院受験の面接で「ハジメマシテ」という状態だと、「その研究なら、うちじゃないよね」と言われるリスクがあります。
苦労して出願書類をつくって、研究計画書を書いたり、1日しごとの筆記試験を受けて、難関を突破したにも拘わらず、面接で「うちじゃないよね」と言われたら、入学しないのが相互にとって幸福だし、目も当てられない。面接試験で落とすことが、大学の先生たちの優しさだったりもする。

企業の採用活動のイメージを捨てる

大学院に入るイメージは、
「知り合いの知り合いがやっている、零細企業に入る」です。

大企業の一括採用であれば、人的なつながりゼロでいきなり履歴書を送りつけ、ぶっつけ本番、スポーツマンシップに則った自己アピールゲーム&面接ガチャをやるでしょう。事前に社員(大学OB)と面談しても、「採用活動に一切関係ありません」というタテマエのもと、無限遠方からの客観的な情報収集しかさせてもらえない。
大企業がなぜこうなっているのか。単純に人数が多くてさばききれないのと、OB訪問を受ける社員が、採用業務を担当していないからでしょうね。越権行為は、組織人のタブーです。

大企業であっても、人対人で優秀な人材をツテで見つけることができるなら、絶対にそっちのほうがよい。数回面接をしても、性格検査をしても、自社で活躍できる人材かどうかなんて、だれにも分からないです。知人を紹介して入社させる、がベストだったはずだ。

何が言いたいかというと(人材ビジネスに文句を言いたいのではなく)、飛び込み営業のように、事前の関係性ゼロで、「たのもー!」と道場のとびらをけたたましく叩くのは、就職・転職活動でありふれた光景ですが、それとは区別したほうがよい。
先生やほかの大学院生の顔をみてから、志願するほうがよいし、事前のコミュニケーションは、決して「不正」ではないはずです。採用活動の風潮で内面化されたマインドが、ぼくにとってはジャマでした。

というわけで、大学院に入って習いたい先生がいるときは、連絡を取ってみましょう。
先生ごとに応対は違うでしょうが、ていねいなメールや手紙?などを送り、連絡したこと自体で激怒する先生はいないでしょう。返事がないかも知れないが、そのときは、そのようなご縁だったのだと思います。※ご縁というのは、本来はそんな意味だと思います。へんに労力を傾ける前に、1通の連絡だけで関係性が測れてよかったと思います。
「事前の指導や面談はしていないので、願書を提出して受験して下さい」と言われたら、そのとおりにすればいいと思います。この対応で、心がトゲトゲしたのだならば、受験しなければよいだけの話です。

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