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体重100kg超え。そのとき人体には何が起きるか。

まさか自分が。
100kgを超える日が来るとは思わなかった。身長160cm、ミドルエイジの女である。驚いたことに足のサイズも23.5cmから24.5cmに成長した。足にも肉がつくのだ。

言い訳がましいが急激な肥満の陰にはZという向精神薬の影響があったと思われる。同じ薬を使っていた同病さんはZで急速に太るかガリガリに痩せるかだった。何でそんなことになるのかわからないが、体重に多大な影響を与える薬であることは確かだ。さらにZで太るタイプのグループはやたらご陽気になって浅草のあげまんじゅうをむさぼったりしていた。私はそれまで完全な酒飲みで甘いものなど好かなかったが、デヴへの階段を登るうちに自然とデヴ好みの食べ物を好むように変わっていた。人間とは恐ろしい。脂肪が雪だるまのように転がって私はミシェラン坊やに仕上がった。何よりも信じがたいのは、私がこの時点でも何の問題も感じていなかったことだ。

私は双極性障害、昔の言葉で言えば躁鬱病という精神疾患を持っている。躁の時はご機嫌で楽しすぎて暴飲暴食をしたり、普段着ないような派手な服を買ったりする。鬱の時は辛すぎて暴飲暴食する。全く食べなくなるタイプもいるが、悲しいかな私は食べることでストレス解消する癖がすっかり根付いている。

躁から鬱へ気分が変わりつつあったある日、湯船の中の体がまったく変わっていることにやっと気がついた。それまでは浮かれていて自分の身体など顧みなかったのだろう。尻や腹の贅肉を掴んで泣いた。誰かに乗っ取られていた身体が、醜くなって返されたような気がした。1ヶ月で10㎏は太っていたと思う。そういえばカーゴパンツのボタンが飛んだ。それを見て私は「ワハハハハ!」と笑っていた。笑い事ではなかったのに躁状態って怖い。

それからしばらく寝込んだ。鏡を見ず、風呂にも入らず。鬱が辛いからまた躁になりたくて薬を飲む。その時はそれに食欲亢進作用があるとは知らず
薬を飲んでは食べる…を繰り返していた。あげく食べ過ぎる自分がイヤで薬だけを摂取しはじめた。オーバードーズ状態ではあるが医者がくれる薬程度命に別状はない。だが不思議な現象が起きた。私は地蔵になったのだ。布団の上に半身を起こすが両手が上がらない。それどころか私の両手は左右に床を這い、どんどん長くなる。石の肉体は1ミリも動かず心臓に圧がかかって苦しい。ウーウーと声にならない声をあげながら私は泣いた。私は地蔵になって死ぬのだ。そう思って泣いた。

気がつくと布団の上に横になっていた。地蔵の呪いは解けたようだ。トイレに駆け込んで喉に指を突っ込むと吐けるだけ吐いた。そしてキッチンに向かうと冷蔵庫の中のものをありったけ食べた。ODでもロクな夢がみられないなら、やはり食べるしかない。死ぬのは怖い。消えたいとは思うがそれが何を意味するのか自分でもわからない。狂い続ける自分の思考と向き合うのは嫌だ。食べている間は無心になれる。特に飲み込む瞬間はセックスに似ている。

2ヶ月間ひたすら食べた。起き上がる気力がないので寝たままで、スーパーの置き配や出前に頼る。ある朝トイレに行って下着を上げ下げすると、パンツがキツイということに気付いた。パンツがキツイ?こんなに伸びる素材がキツイ?俄には信じられなかったが、どうやらこれは現実のようだ。パンツなしでは暮らせないので通販で頼むことにする。世の中にはふくよかな人のために便利なカタログがあると初めて知った。すごい速さで私のパンツは届いたが、洗濯して干すと国旗みたいなデカさで部屋干しにしても恥じらいを覚えた。

この頃から太りゆく私に慣れつつあった。あきらめたというか面白がりだしたというか。そしてやたらと食べる事にも飽きて普通の分量に戻したのだが、体重は増え続ける。これはまた面妖な、と思い医者を変えてみると「(私の肥満は)Zの薬害だね」と言われて大ショック。が、薬が変わっても私の巨大化は止まらなかった。鬱が長かったので寝たきりが多くなる。それで食べてりゃそら太るよね。

そんなわけで次にはTシャツがキツくなるというあり得ない事態が起こりまして。ふくよかカタログをめくってはみるが、意外とふくよか向けの服ってヒラヒラとかキラキラが多いのよね。そこでふくよか歴の長い友達に聞いてみたところ「男モノを着ろ」と。なるほどこれで大きめジーンズも手に入るし助かる〜。こんな調子で海外通販やゆったりしたフォークロアの服なども開発し、ふくよかオシャレを楽しむ日々。悲観しなけりゃなんとかなるもんだね。

だがしかし。何とかならないのがトイレ事情です。ウォシュレットがないと地獄。完全に背中がつった状態でご帰還。「サンクチュアリ」のあのシーンはフィクションだってお相撲さんが言ってたけど…どうなのかな。大変なことは確か。

大変といえば着替えがいちいちお祭り騒ぎになりますよ。ふくよかは常に汗をかきがちなので汗ばんだ衣類を脱ぐとか着るとかもう大変。着替えた疲れでもうどこにも行きたくない。

足の爪を切るのも1大イベントだね。ペデュキアなんてアナタ、命懸けよ。
遠のく意識の中で塗ってる私を褒めて欲しい。「ごっつぁんです」って答えるよ。

いつ100kgになったのかは記憶にない。たまたま温泉で体重計に乗ったらきっちり100kgだった。その時は躁寄りだったので「ワハハハハ!100㎏だってよ」と裸ではしゃいでいたが、
そのあと深く落ち込んだ。エステに申し込んだことはあるが、鬱になって通えなかった。ちょこザップに通って3kgほど落としたが、その後戻ってる気がして測ってない。そういう時こそ測れって話だけど…ねぇ。

かつての私は50kgだった。ちょうど倍になったわけだ。動きもゆっくりになり、中身は全く変わらないのに「優しそう」と言われる。一度だけドン・キホーテでガリガリの婆さんがぶつかってきて勝手に倒れて「イヤー!何すんの⁈」と騒がれたことがある。私は何もしてない。ただ太っていただけだ。

当時はまだルッキズムという言葉もなかったが、いたく傷ついた。だがふと自分の中にもルッキズムのようなものがあって、それが自分の首を絞めているのではないか…と思った。太っているのはみっともないとか滑稽だとか…昔からそんなことを思っていたような気がする。今はそれを自虐にするしかなく、笑いを得たとて傷ついている。

50kgだろうが100kgだろうが私は私で中身は変わらない。それをよくわかってくれる親しい人たちもいるのに、自分で自分を傷つけていた愚かさに気付いた。100kgになってみて、体よりも心の変化が多かった。いつかこの肉体を愛せるようになるか。それはまだわからないけれど。

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