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倫敦1988-1989〈14〉夢で逢えたら

翌朝目を覚ますと窓から大きな「◯に越」の看板が見えた。シンガポールにも三越があるのか。ああ、日本に帰るんだった。もう買い物の時間もないや。

そういえばロンドンで見かけたCDなるものを買って来れば良かったな。まだプレイヤーがないけど。トレイシー・チャップマンのファースト・カーっていい曲だった。もう日本で売ってるだろうか。

のろくさと荷造りをして空港へ向かう。テレビも空港の電子掲示板も日本の天皇崩御一色だ。売店では世界中の新聞がズラリと昭和天皇のことを報じている。中には「いろんな帽子を被った陛下」とか陛下が研究していたヒドロ虫についてとか着眼点がフレッシュなのがあってつい買ってしまう。

モソモソと飛行機に乗り込むが、シンガポールエアラインは飯も美味いし制服も素敵だ。今回の旅行では最後の快適な空の旅…などと思うまもなく寝ていた。私は電車でも何でも乗り物好きなのだが、すぐ寝てしまってあまり楽しめないのがジレンマだ。

いつの間にか飛行機は成田上空に差し掛かった。工場の灯りかオレンジの光がチラチラと見える。着陸帯が混んでいるのか飛行機はなんども旋回する。このままロンドンに戻ってくれないかな…の想い虚しく飛行機は着陸態勢に入った。

成田空港はいつもの人いきれだったが、なんだか少し静かな気もした。いつもと違う雰囲気にちょっと緊張しながら高速バスに乗る。何だろう。なにかがおかしい。暗いのだ。ネオンサインがひとつもついてない。首都高に入ると違和感がさらに大きくなった。いつも煌びやかな東京の夜景がそこにはなかった。マルちゃんのネオンも消えている。横浜に入ってもKEY COFFEEのネオンが消えている。

家に着いたらテレビは皇室関係の特番ばかりだった。同じような内容ばかりなので、予約録画していた「夢で逢えたら」を見る。近所のビデオ屋の棚はもうガラガラらしい。

この騒ぎの影響か、仕事はしばらく暇だった。広告関係だから影響を受けるのも当たり前だ。ミュージシャンの友達は数ヶ月失業していた。「歌舞音楽禁止」初めて聞く言葉だ。

新しい年号は「平成」だった。メガネのおじさんが「へーせー」と発表した時の脱力感ったらなかった。元号が変わるなんて考えてもいなかったが、よく考えてみればそりゃそうだって話である。祖母は明治、大正、昭和と3つの時代を生き抜いたが、私もそれに近づきつつあるのだ。

ロンドンは遠い空の下になったけれど、いつかまた遊びに行こう。Mちゃんの仕事は好調だけど、エディは浮気をしたり相変わらずのロクデナシぶりを発揮している。マイロは家の前の電柱から電気を盗もうとして感電したらしい。幸い数日の入院で良くなり、
今は人が変わったように
働いているそうだ。

             (終)

#ロンドン
#シンガポール
#昭和
#平成

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