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アダムのリンゴ

 

ある小雨の降る夕方、長いこと結論を出せないでいた問題に、答えをくれそうな人物がいることに思い至った。

そうなると矢も楯もたまらず、その店に急いだ。屋根裏のようにすすけたその店には、いつものように無口なマスターが、モダーンジャズのLP版を磨いていた。

「ね、旧約聖書の創世記で、アダムとイブが神が禁じた知恵の実を食べるシーンがあるでしょう?でも、神様は全能なんだから、ふたりがリンゴを食べるのを知ってたんじゃないの?だとしたら、罪深いのはアダムとイブなの?食べると知っててリンゴを植えた神なの?」

世捨て人のようなマスターは少し考えてから黙った。私は少しイライラしてムキになった。

「子供を本当に愛している父親なら、おいしそうなぼたもちをテーブルの上に置いてでかけるかしら?ほんとうに子供を愛しているなら、そんな試し方はしないはずよ」

マスターが重い口を開いた。
「それって、ユダヤ教やキリスト教を信じている人の話ですよね。」

肩透かしをっ食らった私は、釈然としないままに、その場を去った。ムキになった自分が気恥ずかしく、半年ぐらいその店からは足が遠のいた。

ある小雨がふる夕方、出先で例のジャズ喫茶が近いことに気が付き、立ち寄った。マスターがジャズのLP版に、針を落とした。カウンターの隅で、ふと目を上げると今かけているLPのケースが立ててあった。


目をこすって見直した。そこには

ADAM'S    APPLE

というタイトル名が並んでいた。私は、何食わぬ顔でレコードを拭いているマスターを見やった。


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