【little-Kay について】
6年前くらいだっただろうか。
色んなコンペの仮歌を歌ってくれていたAちゃんから、
中村プロデュースでアーティスト活動がしたいという申し入れがあり、
まずは、アーティストの方向性、楽曲性、佇まいまで全て仕組んで、
曲を3曲ほど作り、レコーディング、CDプレスを行った。
アーティスト名は『little-Kay(リトルケイ)』で、音楽性はJUJUのような、
ブラックミュージック歌謡ロック的な曲調であった。
ディレクターに手厳しいY君を迎え、アーシャから、MV(完成に至らなかったが)、そしてプロモートまで一切携わった。(かなり費用は掛かったが、半分は得意のクラウドファンディングにて経費を賄った)
Little-LayであるAちゃんは実に、顕著に再現してみせたが、何となく、
違和感があった。
アーティストとして厚かましさがなく、こちらが言うことはシッカリ守ったが、向こうから、こうしたい、ああしたい、あのようにビッグになりたい、という声は一切聞かれなかった。
歌はばっちり、マキシCDも、まず文句ない作品に仕上がった。
彼女にとっての処女作である。オケもプロに任せ、歌もプロだった。
最初のプレス(1,000枚だったかな)が納品され、まずはAちゃんの観劇を
観るべく、彼女に渡した。
私としての予測は、「うわー、うれしい!!私のCD!!あけて良いですか?」と盤にスリスリするかと思いきや、「どうも」といって封を開けることもなく、ジャケ写を眺めるもなく、もらったその手でスッとハンドバッグに入れた。
アレ?
ほぼ無感情で受け取られた。私がデビューした時は、それは、それまでの人生最高潮で、サンプルのCDをスリスリ、大事に大事に封を開け、ジャケの隅々までみたものだ。
制作(全ての)に携わったPの私、DのY君も拍子抜けだった。
CDは、そう簡単には売れない。流通通していたので、Amazonや各配信サイトでも流通しているが、まあ、新人のアーティストを売ろうとすれば、それ相当の金を投じないと話にならない。
私が考えたのは「スナック周り」であった。いやらしい言い方ではあるが、かわいい女の子、デビューしたんですぅ~で歌えば、酔っ払いのおじさん達が、3枚単位で買ってくれる。
直販なので、利益率も高い。さあ、これから原価分を回収するぞ!と思った矢先にコロナ騒ぎになり、活動は出来ず。本人にやる気があるのであったら、無理にでも、イベントやスナックに組み込むことが出来たのだが、「本職(ホテル受付の派遣)のマネージャーから、かなり厳しく言われているので、活動は無理です」とあっさり言われた。
このような温度差が非常に気になり、今後を左右するので、Aちゃんと私とディレクターのY君で、膝をそろえて話し合った(サイゼリアで)「正直、ぶっちゃけて聞くけど、Aちゃん、little-Kayの活動についての想いは?やる気はあるの?」とずばり確信を突いた。遠回しに言っても、今の若い子は分からないだろうし。答えは案の定というか、「どちらかで言うと、後者(やる気がない)の方ですかね~~?」とあっさり。え、いや、最初は長文のLINEでやる気をブツケテきたじゃないか、スクショも撮っている(大人なのでわざわざ見せなかったが)。じゃ、今は何か音楽以外で燃えていることはあるの?と聞くと、「家具集め」と言われ、私らは頭の上には、クエスチョンマークが点滅した。家具集め?どうやら、親と共同出資で新居を買ったらしく、今は家のデコレーションが楽しくて仕方がないとのことであった。どうやら、今の若い子は、皆がそうではないであろうが、優先順位がコロコロ変わるらしい。なるほど、わかった。「Aちゃん、俺らもかなり出資して今回にいたるわけ、あなたの夢をかなえるために、やる気がないにしても、経費がチャラになるまでは、頑張ってくれない?」といったきり、彼女とはあっていない。
非常にもったいないことである。
ほんとに、相互的に良曲なマキシ、行動さえすれば、みんなやる気になるし、アルバムまで作ろうという意欲になる、が皆が同じ方向を向いていない限り、それは難しい。
しかし、6年が経ち、コロナウイルスもおさまったところで、再始動するのも良いかも知れない。彼女の優先順位がどうなのか分からないが。
つづく