見出し画像

やってみなはれ みとくんなはれ

今日のおすすめの一冊は、山口瞳氏の『やってみなはれ みとくんなはれ』(新潮文庫)です。その中から『「変わっている」ことを愛する』という題でブログを書きました。

本書の中に、サントリー創業者の鳥井信治郎の苦闘時代の話がありました。

ある時代の経理部長は、小切手は必ず土曜日の昼過ぎにきれといわれていた。実際に金のないことが多かった。そうやっておいて、月曜日の朝、銀行が開くまで、信治郎は金策に駈けずり廻った。土曜も日曜もなかったのである。
松屋町に芝という医者がいた。寿屋の従業員は病気になると、そこで診てもらっていた。この医者が言った。「このごろ、鳥井はんはえらいもんでんなあ。俥(くるま)に乗らはって…。前は借金して、よう夜逃げしてはったもんや」
独力で築きあげた明治の実業家が、何度か失敗したことは想像に難くないし、当然のことでもあったろう。信治郎が何度かの失敗に挫(くじ)けずに起きあがったのは、何故だったのだろう。成功者は余人とどこが違うのだろう。私はそこに興味がある。
社員に賞与を渡すときに言った。「賞与をもろても、コーヒー飲んだらあかんで」。煙草(たばこ)を買うんだったら、株を買えとも言った。煙草ひとつで銀行の株が二株買えると言った。「無駄づかいしたらあかんで。服装(しょうぞく)に金かけや。飯をあまり食べたらあかんで。栄養のあるもんを食べや。あんまりぎょうさんうんこしなや」というのが口癖だった。
本人も栄養のあるものを食べていた。ニンニクをさかんに食べたし、ビフテキにママレードを塗るというような独特の食事を考案した。信治郎はオシャレだった。大阪弁でいえばヤツシだろう。無精髭をはやしていたり、頭髪が伸びていたりする社員は叱られた。「ヒゲそれ、ヒゲそれ」といった。剃刀(かみそり)をもらった社員もすくなくない。
晩年になっても、体の動くかぎり、工場へあらわれた。ドブ板をあけて、掃除がわるいなどと言う。釘(くぎ)が落ちていると、拾って、「利は元にあり」と言う。「これが儲けや」とも言った。「大きなところにはちっとも儲けはあれへん。これが儲けや」自分の体に苦労が染みこんでいる人の言には真実感がこもっている。明治の実業家というよりは創始者に共通した性格といえるかもしれない。

あたりまえですが、サントリーは最初から大きかったわけではありません。ですから、創業時は苦難の連続でした。でも、我々は今の大きくなった会社を見てしまいます。そしてそんな苦労があったことはすっかり忘れて…。創業者の創業時の伝記や物語りを読む価値はそこにあります。

「やってみなはれ みとくんなはれ」。「やってみなはれ」というのは自由奔放に何でもやってみろ、ということではありません。そこに「やりきってみせます」という「みとくんなはれ」と言う言葉がセットで存在するのです(サントリーHPより)

「やってみなはれ、やらなわからしまへんで」という言葉が有名ですが、この「みとくんなはれ」という、「見ていてください。一丁やってみせますから」という強い決意と自分を鼓舞する言葉も素敵です。

今日のブログはこちらから☞人の頃に灯をともす

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?