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「嫌いじゃない」、っていうこと

今日のおすすめの一冊は、斎藤茂太さんの『人生に必要な 100の言葉』(青春出版)です。その中から、「好き嫌いがハッキリしている人ほど、人間関係で悩む」という題で書きました。

私はもう20年以上、一人の落語家さんを囲む「落語会」を続けていて、今も会長なんです。そこで、よく言われるのが、「落語がお好きなんですね」。そんなとき、「いやぁ、嫌いじゃないですが、メチャクチャ好きでもないです」と答えてしまいます。

それは、以前、その落語会に入ってきた人のことを思い出すからです。彼は落語が好きで好きでたまらなくて、設計の仕事を個人でやっているのですが、仕事場で落語をかけっぱなしにして聞いているそうです。ありとあらゆる落語を聞きまくっている。だから、詳しいのなんの、本当に詳しいんです。そんなわけで、当時は、いい人が会に入ってくれたな、とホントに嬉しかったものです。

しかしいざ、落語会に参加すると、「今日の落語は、圓生の落語ではこうだった」とか「桂文楽はこうだった」などと、終わってからさらっと批評します。結局、一年足らずで会をやめていってしまったのです。

落語が好きで好きでたまらない人は、完璧を求めるんですよね。そして、比較する。私のような、頼まれて落語会を引き受けたような、思い入れの少ない者は、そういうこだわりがないから、逆に、そういうのは長く続くんです。実際、その落語会以外では、あまり他の落語家さんの噺を聞こうという思いもないくらいなんです。

で、そうは言いながらも、会長ですからその会には全出席ですから、その落語家さんの噺は全部聞いています。するともう20年以上やっているわけですから、かなりの数の噺を聞いていて、知らない人からみると、「すごい落語好き」というように間違えられちゃうんです。

これって、仕事とか、夫婦も親子も友人との関係も同じような気がします。どんな関係も、淡々とした付き合いでなければ、長くは続かないと思うのです。それをお茶の世界では、「淡交」といいます。あっさりして、淡々とした交わりのことです。

知り合いの結婚式で、新郎が新婦に向かって、「これからあなたをもっと幸せにします」みたいなことを言いました。私は、「あちゃ~、今が幸せの頂点で、これからは下がるばかりなのに、こりゃ困ったな」と思いました(笑)。だって、何年かしたら、「あなた、結婚式のときにもっと幸せにしてくれるって言ったじゃない、なのに、何なのよ。約束守ってよ!」と、なりかねないからです。

昔の男子が結婚するときのプロポーズの言葉は「僕と一緒に苦労してくれますか?」というのが一般的だったとか。「苦労」が前提だから、少しでも幸せになれば、すごいハッピーです。でも「幸せ」が前提だと、ちょっとでも困難や嫌なことやトラブルがあったら、すべて「不幸せ」になってしまいます。

「大好き」でも「大嫌い」でもなく、「ちょっと好き」で「ちょっと嫌だな」、そして「ホントは、嫌いじゃない」っていうのが、いいなぁと思います。長く続けるってそういうことじゃないかな、と思います。なんでも淡々と、ですよね。
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