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フジファブリック 志村正彦「ひとモノガタリ 若者のすべて~失われた世代のあなたへ~」について

「ひとモノガタリ 若者のすべて~失われた世代のあなたへ~」を見終えて感じたことを書いてみます。
(主に自分が登場した部分に関して)
撮影の経緯に関しては、話せる範囲ですでに別の文章にまとめていて、※金曜日頃、どこかにアップするかもです。

※2/13(木)無事、音楽文に掲載していただきました。取材の経緯に関しまして。それから心情はこの記事と重複表現あります。

http://ongakubun.com/archives/12861

まずいくら出演したからとは言え、どのように編集されたかは放送を見るまでは知らなかったので、なるほどこういう風にまとめられたんだ、うまく言葉を拾ってもらえたなという感じがしました。何しろ、カメラの前で話すなんて初めてのことで、緊張したし、そもそも私は書き言葉の方が得意で話し言葉は苦手だから、かなりしどろもどろしゃべった気がします。インタビュー部分だけでも合計5時間くらいは話しました。なので、実際に放送で使われた言葉はごくわずかです。これは想定通りで、まぁまぁしゃべれている部分を使ってもらえてありがたいという心境です。木について語ったのは寒さであまり記憶がないんですが、使われてしまいました。

その頃ずっと慌ただしく睡眠不足でまともに眠れていなかった分、なかなか体力や精神力ない状況でした。追い込まれていたんですよね。だから、ちょっとした自分の発言で泣きそうになったり、感極まって実際泣いたり、いつも以上にボロボロでした。今ならもう少し落ち着いた気持ちで挑めるのにと後悔したりもしています。

撮影する前に、名前の呼び方に関しては気になってたので、確認しました。志村さんで統一した方がいいですかと。その方が良いならそうするつもりでしたが、普段通りで良いですと。普段通りというと、私の日常はしゃべるより書く日常で、書き言葉上では志村くんと書くことが多いため、そう呼ばせていただきました。

ネットで反応をサーチしていたら、私はどうやら「若者のすべて」だけが好きな人間と思われているようなので、念のため話しますが、もちろん「若者のすべて」も好きですが、他の曲に関しても自分が思っていることはかなり伝えました。例えば「クロニクル」、「エイプリル」、「茜色の夕日」などです。特に「エイプリル」に関しては長々熱弁した記憶があります。

<どうせこの僕なのかにと ひねくれがちなのです>

という冒頭部分からまさに自分の気持ちそのままで共感できると。

私は自己肯定感の低い人間なので、自己否定の歌詞が多い志村くんの曲が好きになりました。まるで自分が感じていることと同じだから。

少し話は脱線というか暗い話になってしまいますが、たとえれば私は「ハネモノ」または「見切り品」、「規格外」の人間だと歳を重ねるごとに思うようになりました。そもそも外面も内面も変わり者で規格外で、コンプレックスだらけだし、華やかな表世界に出られるように人間ではなく、たとえば果物だったら、加工されるか処分される身分です。運よく売り場に並べられたとして、値引きシールを貼られて、それでも売れ残って、捨てられそうな立場です。


なぜそう思うようになったのかというと、結局は「失われた世代」の話になるのですが、就職活動をしても採用されることはなかったし、婚活をしても相手は見つからなかったし、つまり誰からもどこからも必要とされてない人間と思うようになったということです。ゴミとして処分される日は近いなと。

子どもの頃は大人になればかんばらなくても自動的に就職できて、自動的に結婚できると思ってました。けど努力してもなりたい大人になれない大人もいることに気付いて。自分がその大人に当てはまって。これが〈世界の約束〉ってやつでしょうか。

だから最後に悪あがきして、世の中から完全に見捨てられる前に、いろいろ書いてみることを始めました。言葉や文章を味方に、または武器にして、自分を表現するようになりました。自分が思っていること、感じていることを。


そしたら案外、反応をもらえて、共感ももらえて、婚活は向いていなかったけれど、文章を書くことなら自分に向いているのかもしれないと、初めて自分の気持ちを他者に伝えることが楽しいと感じられたのです。


話せば長くなるので、自分の気持ち、感情を我慢していた時代の話は割愛しますが。感情を表に出さないように生きていたし、何も感じないように間違った努力もしていました。すぐ忘れた方が楽なことも多いし。幸い寝れば忘れられるタイプなので、眠ることは好きです。でも書くようになってからは起きてる時間も楽しいので、睡眠時間は減っていますが。と、こんな感じに脱線しまくりながらしゃべった記憶があり、つまり長くなるんですよね。

「失われた世代」に関しては、公式サイトに番組タイトルが出てから、つまり撮影後に知りました。あーなるほど、自分は「失われた世代」の代表として選ばれたのかとその時気付きました。ツイッターにも書きましたが、失われた世代ってネガティブなイメージがあるけど、実際友人たちからも重い話なの?とか暗そうな番組だねと言われましたが、私の特技はマイナス要素の中でプラス要素を見つけることなので、最初からポジティブな言葉を与えられるよりはうれしかったです。失ったこともたくさんあるけど、その分得てるものもあるし、暗闇にいるからかすかな光を見つけられるし、失われた世代抜きに実は家庭環境も恵まれていないけれど、その分、こうして書くことを覚えることができたから、私は不幸なのに幸せってひねくれた考えで後ろ向きなのに前向きに生きています。わけわからないかもしれませんが、つまりこういう人間に志村くんの歌詞は刺さるんです。フジファブリックファン歴はまだ浅いですが、志村くんの歌詞は体と心にすっかり馴染んでいます。

今回の話をいただいて、相当迷いましたが、どんな大人の事情や理由があるにせよ、初めて誰かから選んでもらえたから、うれしいという気持ちはありました。就職も結婚もうまくいってなくて、底辺で生きてきて良かったって初めて今の現状を肯定できた気もしました。だって幸せな人間だったら、絶対声を掛けてもらえなかったし、人生うまくいかない、不幸の中にある幸せでいいといか歪んでいる人間だからこそ、選んでもらえたのだろうと勝手に思っているので、自分がこんな人間で良かったって思えたのです。

顔出ししてしまったから、書きにくくなってしまう話もありますが、それでも、これからも書き続けるし、数年前何か書こうって決心したことは間違っていなかったと、NHKさんのおかげで再確認できて、良かったと思います。

そうそう、今のフジファブリック、これからのフジファブリックに関してもちゃんとコメントはしました。でも今回は時間的に内容的にその辺は省略されたのかなと。

2度とできないような経験ができて、かなり勉強になりました。最後のクレジットには載らなかったカメラマンさんや音声さんにもお世話になりました。他にもロケ先の方々や、住んでいる部屋の管理人さんや、近所のコンビニの方々や、たくさんの人たちの協力の元、2日間撮影を体験させていただいて、放送されたのはほんの数分ですが、感謝の気持ちでいっぱいです。

いつも以上に人の温かみを感じられたから、賛否両論は仕方ないとして、出て良かったなと思います。ディレクターさんの番組に対する熱意など素晴らしかったです。私とは違うキラキラした人たちに囲まれて、感動しました。

フジファブリック、志村正彦くんに出会えて、そこからたくさんの人たちとつながれたから、やっぱり自分は不幸な人生で良かったと思えるのです。
きっと不幸なのにちゃんと幸せになれました。
失われた世代はきっと幸せを得られる世代です。

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