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宇宙葬(ショートショート)

 「頼む、一度だけでいいんだ。連れて行ってくれ。金ならいくらでも出せる。最悪、そこで死んでしまっても構わないんだ。」
幼い頃から宇宙に行くことに憧れを抱いていたその金持ちは幾度となく、民間の宇宙開発機構に駆け寄った。
「ですから、何度も申し上げている通り、持病がある方は無理なんです。特に心臓疾患は急な発作を起こす可能性もありますから。責任を取れませんので。」
金に糸目は付けないと言っても、どこも取り合ってはくれなかった。

 往生際の悪い彼は諦めなかった。何とかして宇宙に行く手段はないものかと世界一周旅行の航海に出ている最中も大きな豪華客船から夜空を見渡して考え続けていた。
「一度でいいから、あの広い宇宙空間をこの体で体験してみたい。」
彼はたくさんの瞬く星を眺めながら、広大な宇宙に思いを馳せていた。

 航海の途中、海で何かを撒いている人たちが乗った小さな船に遭遇した。
「何を撒いているんだろう?」
それは遺骨だった。海洋散骨を行っている船だった。
「思い付いたぞ。」

 何やらインターネットで調べものをするや否や、彼はすぐさまペンを取った。
「私が亡くなったら、宇宙に埋葬してほしい。宇宙葬をしてほしいのだ。金なら遺産をすべて使い果たしてもらって構わない。遺骨の一部や遺灰だけを宇宙の送るのではなく、ミイラになれるように内臓を取り除いて、防腐加工した後、宇宙服を着せて、本物の宇宙飛行士のように宇宙に送ってほしい。すでに遺灰を乗せた人工衛星は何度か打ち上げられているらしいが、それではいずれ燃え尽きて、流れ星になって地球へ戻って来てしまうのだろう。そうではなく、私は宇宙空間を永遠に旅し続けたい。できるだけ遠くへ飛ばせるロケットに乗せてほしい。私を宇宙へ行かせてくれ。すでに死んでいれば、誰にも迷惑を掛けることもないだろうから。」
このような内容の遺書を書き綴った。彼には有り余るほどの財産はあったけれど、妻も子どももいなかった。墓守をしてくれる家族がいないため、永代供養してくれる場所を探しているところだった。生まれつきの心臓疾患で、生きている間は宇宙へ行けそうにもないけれど、死んだ後なら行けるかもしれない。彼は少しだけ死ぬことが楽しみになった。

 生きている間、彼は地球上のあらゆる場所を旅した。専属のドクターに同行してもらい、北欧でオーロラも見たし、カッパドキアで気球にも乗った。時々海に潜って深海の魚たちと触れ合ったし、山へ登って、高山植物も愛でた。宇宙にだけは行くことができないまま、彼はとうとう亡くなってしまった。

 遺言の通り、防腐加工を施された彼の遺体はロケットに乗せられ、宇宙へ旅立った。宇宙葬は通常、人工衛星の軌道に乗せるものだが、月や火星をはるかに越えて、太陽系外を目指すロケットに乗せられた。ロケットの打ち上げは無事に成功した。長い旅を経て、ついに太陽系外に飛び出した。

 果てしない暗闇の中、青い星が見えて来た。彼を乗せたロケットはその星に不時着した。そこには人間によく似た生物が住んでいた。
「隕石かと思ったら、何だ?この古びた物体は。見たこともない文字が刻まれているぞ。」
その星に住む住人は宇宙から降って来た謎の物体を調べ始めた。
「中に何か乗っているぞ。白骨化しているけれど、これは一体何という生き物だろう。」
彼らはボロボロになった宇宙服の中から発見した生き物についてDNA鑑定を試みた。
「我々によく似た塩基配列だけれど、わずかに違うな。」
「ちょうどいい。この生物のクローンを作り出して、宇宙探査に利用しようじゃないか。」
「そうだな。太陽系の惑星を調べる拠点となる星に誰かを実験的に送り込む必要があったもんな。」
彼らは謎の生物のクローンを作り出し、宇宙へ送る計画を立てた。
「ただひとつこの生物の遺伝子には欠陥が見られるな。」
「そうだな、ここは修正しておこう。」
彼らは遺伝子の不具合な部分を修正したクローンを生み出すことに成功した。

 「我々によく似ているから、モルモットとしては最適だな。」
「あぁ、そうだな。すぐに太陽系を目指して、この最新の宇宙船に搭乗させよう。」
彼のクローンはこうして最新鋭の宇宙船に乗せられ、宇宙の旅に出た。一度目は太陽系に辿り着くこともできずに途中で死んでしまった。二度目は太陽系には辿り着いたものの、拠点にしたい星へ着陸することができなかった。クローンは何度も生み出され、その度に命を落とし、そんなことを何回も繰り返しているうちにとうとう拠点となる星へ着陸することができた。
「ついにやったぞ。これで太陽系の謎を解き明かす基地が作れるぞ。」
「あぁ、いずれ我々の星も住めなくなる時が来るだろう。それまで試しに彼をあの星に住まわせてみて、我々が適応できる環境かじっくり調べようじゃないか。」

 その星は人類が絶滅しかけている地球だった。不治の感染症が蔓延し、人類の生き残りはごくわずかになっていた。
「ここはどこだろう?」
深い眠りから目覚めたクローンは宇宙船から下りて、地球を散策し始めた。
「なんだかとても懐かしい気がする…。」
彼は新鮮な空気を思い切り吸い込んだ。緑は生い茂り、水は澄んでいる。人間以外の生物は伸び伸び自由に生きていた。わずかに生き残った人間だけは不治の感染症に怯え、いつ訪れるかも知れぬ死を静かに待ち続けていた。

地球上を探査している時、ひとりの人間に出会った。その人間は苦しそうにうずくまっていた。
「キミ、大丈夫?」
彼は彼女に話し掛けた。人間にそっくりな彼を見て、何の疑問も持たない彼女は彼に返事をした。
「大丈夫よ、ちょっと足をくじいてしまっただけだから。」
彼女は足を怪我していて、出血していた。そして彼は迷うことなく、彼女の傷口を舐めると自分の服を破いて、包帯代わりに彼女の足に巻き付けた。
「えっ、舐めたりしたら、あなたも病気に感染してしまうわよ。」
知らない男性に傷口を舐められた彼女はひどく動揺した。
「病気?何のことか知らないけど、たぶんオレなら大丈夫だよ。」
彼女を見送ると、彼は宇宙船に戻った。

 「地球の様子はどうだ?」
彼には地球の様子を随時報告する義務が与えられていた。命令に従うように脳を支配されていたのだ。
「はい、自然がとても美しく住みやすい環境です。ただ人間と呼ばれる生き物は病気に悩まされている様子です。」
「なるほど、病気か。まぁ、それはたいした問題じゃない。我々の技術があれば、病原菌は完全に排除できるだろう。」
「引き続き、地球の様子を調べてくれ。ただし、くれぐれも他の生物たちに深入りするんじゃないぞ。おまえの立場をわきまえろ。」
彼はそう念を押されていた。

 「この前はどうもありがとう。」
彼はあの日助けた女性にまた遭遇した。
「おかげさまで怪我はすっかり良くなったの。それにね、何だか体調がとても良いのよ。あなたのおかげだわ。本当にありがとう。」
彼女はお礼にとポケットから花の種が入ったカプセルを彼に差し出した。
「これね、だいぶ前に絶滅した花の種なのよ。私、おじい様から譲られて、お守り代わりにカプセルに入れて大切に持っていたの。あなたにあげるわ。」
「そんな大切なものをもらってもいいの?」
「えぇ、あなたに持っていてほしいの。私の命は長くないはずだから。何しろ例の病気に感染している身だし…。私の血を舐めちゃってあなたは平気なの?」
どうやら血液を介して感染してしまう病気らしい。
「オレなら何ともないよ。何しろ丈夫に作られているから。」
彼は多少の病気には感染しないように遺伝子操作されていた。
「そうなの、何だか変わった人ね。」
彼女は彼に花の香りのようにやさしく微笑んだ。その笑顔を見た瞬間、彼はそれまで知らなかった気持ちが芽生えた気がした。

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 「今日は何か変わったことはなかったか?」
「はい、地球上で絶滅したという花の種を人間からもらいました。」
「花の種?貴重なデータになるかもしれないから、大切に保管すること。しかし種をもらったからと言って、その人間とやらと親しくなったりするんじゃないぞ。」
「わかりました。」
彼は素直に従っているフリをした。

 彼は彼女と毎日のように会うようになっていた。彼女のことが好きになった。彼女も彼を好いている様子だった。元気そうに見えて彼女の病は治っておらず、次第に元気を失くしていった。彼女は彼にお願いした。生きた証がほしい、自分の子どもがほしいのと。彼は彼女に応じた。間もなく彼女は彼の子を身籠った。子どもを産むと彼女はあっけなく死んでしまった。彼は自分の子どもを見て今までに味わったことのない幸せを感じた。そして彼女を失って、ひどい喪失感に襲われ、初めて涙というものを流した。

 「地球の様子に変わりはないか?」
彼は尋ねられても応答しなかった。
「おい?様子はどうだと聞いているんだ。どうした?」
「…育ててみようと思います。」
「育てる?何のことだ?」
「彼女が残してくれた子どもと花を。」
「何、意味の分からないことを言っているんだ。おまえの任務はその星で我々が住めるかどうか確認することだろ。貴重な花の種ならちゃんと持ち帰って来るように。勝手なことをしたらただじゃおかないぞ。」
そして彼は一切の通信を遮断した。乗って来た宇宙船を粉々に壊すと子どもと二人で地球で人間として暮らし始めた。

 子どもはすくすく成長した。彼女の墓地に植えた花の種も無事に芽を出し、その子の一歳の誕生日に美しい花を咲かせた。なぜ絶滅してしまったのかを調べているうちに、その花には人間が不治の病と恐れている病気の抗体があることを発見した。彼は花の研究を重ねて、不治の病の薬を作り出すことに成功した。こうして彼は滅亡に瀕する地球の人々の命を救う勇者になった。

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 ※2019年夏に執筆したものです。

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