日誌2020/7/3 一週間の段

このnoteを始めてからなんと一週間が経とうとしている。この記事は記念すべき7日目の記事だ。

そういえば一週間とか〇曜日とか当たり前に使っているけれど由来は何だろうとググってみると結構面白いお話が出てきた。それらについて、今日は備忘録代わりに書いていこうと思う。


バビロニアより

 7日という区分分けを作ったのはなんと古代バビロニア人であるという。ずいぶんと古い話だ。彼らは太陽、月および五人の惑星神をそれぞれに当てはめ、その日の守護神と考えていたそうだ。

バビロン

                        (c)Hussein FALEH / AFP

ちなみに7日を区切りとしたのは彼らの暦がいわゆる太陰暦だから。月の満ち欠けを28~30日、新月、上弦、満月、下弦で区切ると約7日。この暦が各地に伝わる、あるいは同じように月の満ち欠けを基準とする地域でも一週間は7日とする暦が広まっていった。

対応する神様は以下の通り

太陽 シャマシュ
月  シン
火星 ネルガル
水星 ナブー
木星 マルドゥク
金星 イシュタル
土星 ニヌルタ

各曜日と神様の対応は古代世界で最重要の学問であった占星術とも密接に結びついていた。こうした考え方はエジプトやローマ、そして世界に広まっていったという。
中国ではおなじみの陰陽五行説と結びついて「七曜」と呼ばれるそうだ。

順番 日月火水木金土

 私たちが当たり前に使っているこの順番、現在知られている太陽系の惑星の並びと違うのは古代の観測結果、天体運行理論をもとにしているかららしい。

 様々な説があるようだが残念ながら詳しいことはわかっていない。というより最も古い文献でさえ「~と伝わっている」とあるのみなのだ。

 ちなみに日本につたわったのはかの弘法大師空海が中国から持ち帰った書物、経典からであるという。

 

神は六日で世界を作り七日目にお休みになった

 聖書をかじればすぐに出てくる創世伝説。これもユダヤ教やキリスト教だけという話ではないらしい。

バビロニアの時点で
・7日目は聖なる日、禁忌を犯してはならず身を慎むこと
・28日目は安息日
・49日目は怒りの日、生贄をニヌルタ神にささげ一層身を慎むこと
などの習慣があったと伝わる。

区切りとなる日を聖なる日、あるいは邪な日と考える習慣はずいぶんと古くからあるのだ。

英語:曜日の由来

 初めて英語で曜日を習った時、「Friday(フライデー)」というからには欧米の人は揚げ物(フライ)を食べるのかな? などと想像した呑気な学生は私である。

 ところが実際にはゲルマン神話、巷で言う北欧神話およびローマ神話と関係があるようだ。以下のようになる。

Sunday      →  Sun          → 太陽
Monday     →  Mon         → 月
Tuesday     →  Tues(チュール)   → 軍神チュール
Wednesday             →       Wednes(ウェドゥン ) → 主神オーディン
Thursday      →       Thurs( ソー)      → 雷神トール
Friday           →  Fri(フレイ)       → 女神フレイヤ
Saturday                 →      Saturn(サターン)    → 農耕神サトゥルヌス

北欧神話やローマ神話といえばゲームや漫画を通して我々日本人、特に自分のようなオタクにはなじみ深いものだ。なんだか急にファンタジーの世界に入ってしまったようだ。

今この記事を書いている金曜日は女神フレイヤの日、ということになる。北欧における美と愛の女神。ほかにも豊穣や黄金と結びつけられる、奔放で自由な女神様である。なるほど、週末の夜にはふさわしい神様かもしれない。

余談だが自分の好きなライトノベルにも正に美の頂点として登場している。


日常に潜む歴史と神秘

 曜日、一週間などあまりにも当たり前な概念なので深く考えることなどない。しかし少し調べてみると遠い異国、人類文明最古の地にまで結びついていた。飲み会の小ネタにもちょうどいいお話だが、歴史というものが確かに私たちの生活に根付いているということを感じさせる話でもある。

 私たちホモサピエンスはアフリカの片隅で生まれ、この地球を何万年もかけて歩き続けて広がった。あるものは定住して新しい村、町、国と興し、あるものは更に遠くの新天地を目指して旅立っていった。各地で生まれた共同体は時に争い時に交流し、長い時を掛けて統合し、分化し、それらを繰り返しながら今日に至る文明を築き上げていったのだ。失われた知識、もの、記録も多いだろうがそれと同じくらい連綿と受け継がれてきたものがある。

 私たちは遥かな過去に生きた人々の知恵、文化、それらを確かに継承してここにいる。その証は博物館にあるような特別な所ばかりではなく、私たちの当たり前、日常の中にも存在するのだ。


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