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ワルシャワ発キーウ行き 2月9日

待合室からガラス窓の外を見る。
すでに日が暮れたはずなのに、妙に明るく感じるのは積もった雪のせいだろうか。
ポーランド、ワルシャワ東駅。
このワルシャワ東駅からウクライナのキーウまで、直通の国際鉄道が走っている。それを知ったのはつい最近のことだった。
これまで、ウクライナへは長距離バスか、乗合いのワゴン車で入国していたが、どちらもかなり時間がかかる。
国際鉄道の寝台車なら、時間の短縮にもつながるし、少しは休息できると思っていた。

ワルシャワ東駅

発車時刻が近くなったことは、LEDで表示されている案内板の下へ集まっている人の姿を見ればわかる。
案内板の下には2、30人はいるだろうか。
この案内板に、行き先や発車時刻、プラットフォームが表示されるようだ。
だが、発車予定の10分前になっても、キーウ行きの案内が表示されない。
代わりに、ベラルーシのミンスクや、国内路線の案内が表示されている。
キーウ行き。それに乗るためにはどの番号のプラットフォームに行けばいいのか。
案内板は更新されない。
顔を下ろし、あたりを見渡すとスーツケースを携えた女性、それに子供たちばかりだ。
不意に、これまで聞いていたポーランド語とは全く違う、ウクライナ語の独特の発音が聞こえてくる。
子供たちはじゃれあったり歌を歌ったりしているが、母親たちはみなチケットを手に持ったまま、案内板をじっと見つめている。

まだ更新されない。
もう予定時刻の5分前だ。
不安になってきた。
隣にいた子連れの女性に「ここで待てばいいのですか?」と聞いてみる。
彼女はこちらを確認して「もう少し待ちましょう」と呟くように言い、すぐに表示板に目を戻した。
彼女も焦っているのだろう。
気持ちを抑えかのように下唇をかんでいる。
ワルシャワ発キーウ行きの夜行列車。
それは一日に一本しかない。
彼女たちは決して安くはないチケットを買って、みな戦時下の故郷へ戻るのだ。
それはどんな気持ちだろう。
唐突に彼女たちに聞いてみたくなる。
夫に会いに戻るのか、残してきた両親に会うのか。
軽率に想像すれば、喜びと不安が混じる感情。
だが当然ながらそれぞれ事情は異なるはずだ。

子供たちは何が面白いのか、笑いながら無邪気に歌っている。
「I love you baby」というフレーズを何度も何度も繰り返し。
そして、リズムに合わせて飛び跳ねている。
その曲は、これまで何度も何度もカバーされてきた曲だ。
古いカバーではフランク・シナトラが歌っていたのを聞いたことがあったように思う。
いったいオリジナルは誰の曲なのだろうか。
子供たちに母親はいまの状況をどのように説明しているのだろうか。

突然、痺れを切らした先ほどの女性が、子供に声をかけ、スーツケースを引いて急いでホームの方向へ向かう。
「どこへ行くのですか?」
彼女は「3番よ、たぶん」と言った。

子供が母親を追いかける。
その後ろを私も慌てて追いかける。
他の女性たちも、その後に続いていく。
みんな、重いスーツケースを持ち上げ、必死になって階段駆け上がる。
子供たちはまだ歌っている。

ようやく登りきってたどり着いたプラットホーム。
案内板には「キーウ」と確かに書かれていた。
彼女の言った通りだった。

プラットホームに並んでいたのは、ぴかぴかの新しい電車だった。
でも寝台車ではないようだ。車内に同じく真新しそうなプラスチックでできた座席が見える。
ホームにいた乗務員にチケットを見せる。
さっきの女性は自分が乗る車両を探してどこかへ行ってしまったようだ。
乗務員が大声で急かすように何かを言いながら、ホームの端に指をさす。
もういつ出発してもおかしくはないようだ。走って向かう。
長く続く列車の端に、ひときわ古い車両がいくつか、連結されていた。
そうだった。
それは前回、4ヶ月前のことだ。
ウクライナ国内で移動の度に乗っていた、とても古い寝台車を、ホームを走りながら思い出した。
どの車両のどの窓も埃で汚れ、中がよく見えない。
ウクライナへ帰国する女性たちを見送りにきた友人らしき人たちが、ホームに積もった雪を拾い上げて窓に擦り付ける。
そして、汚れが残った窓からわずかに見える車内へと手を振っていた。

さっきの新しい車両はなんだったのだろうか。
それはどこかで切り離され、ポーランド国内を走るのだろうか。
そんなことを考えながら、乗務員にチケットとパスポートを見せて、急かされるままに乗り込む。
列車内に独特の匂いがする。
きっと車内の暖房のために木炭ストーブを使っているからだろう。

車内の通路を歩き、たどり着いた寝台は3段ベッド。
思ったより狭いが、これまでのバスよりはいくぶん快適だろう。
いよいよまた始まったんだなと思いながら、すぐに眠ってしまった。

明け方、木炭ストーブを調節をするウクライナ鉄道の乗務員


余裕のある方は、以下よろしくお願いいたします。







ここで本文終わりです。
以下には写真と文章、音声が少しだけあります




















羽田からポーランドに行くために、トルコ・イスタンブールでのトランジットが11時間あったので、急遽、テレビ用に地震関連で、イスタンブール市内を取材(この件についてはまた別途、どこかに残したい)バタバタしましたが、最後に中心部のガラタ橋付近に行くことができたので、名物サバサンドつまんで、ボスポラス海峡からアジア側を眺めて、すぐに空港に向かいました。
10年ぶりぐらいに訪れたんですが、何も変わってなかった。
好きです、トルコ。

一番下に、名物売りの客引きの音声を載せています。雰囲気が伝われば。


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