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ふりかえりnoteは余裕につながるルールの移動かもしれない

こんばんは。今日はさすがに書くぞー!と思って書き込んでいます。つぶやきも入れながらnoteの投稿は10日くらい継続できています✌

今年あと100日のカウントダウンを機に、自分の学び「独学」ができるように、そして人生がもっと楽しめるように、経験の差分をふり返る記録をはじめました。

このnoteのたてつけ

最近の差分
「この出来事は自分にとってどんな意味があったのか?経験前後の自分のちがいは一体何か?」

ー経験と気づき
車で長距離移動するとき、よくポッドキャストやラジオを聞いています。最近よく聞いているひとつは、土門蘭さんのvoicyです。いつも考える種のようなお話をたくさん受け取っているのですが、その#64を拝聴して、気づいたことがあります。

いろんな軸から「余裕」がうまれる観点をお話されているのですが、そのなかでルールを複数持つことが「余裕」につながるのではないかというお話を紹介されていました。

紹介元の記事

(省略)おそらく、ボードゲームは普段の仕事とかけ離れた別のルールで動く時間なんです。そう考えると、いつものルールから離れること、あるいはルールを複数持つことが、「余裕」につながるのかもしれません

人が余裕をなくすときって、ひとつの価値観にしばられているときな気がするんです。「この仕事で失敗したら人生が終わる!」みたいに。でもルールがいくつもあれば、どんなことに対しても「まあこれがすべてじゃないし」と思えて、「余裕」を持てそうです。

上記記事より引用

これを読んでなるほどな~と思いました。
お仕事でご一緒している教授に、なんてタフなんだといつも驚かされる方がいます。研究で頻繁に海外を飛び回り、学生に教え、いろんなステークホルダーの中でやり取りし、しかも休日はフットサルやゴルフにBBQ、家族イベントもされている。表面上は社交的に見えますが、ネアカな感じはしない(印象です)。純粋に体力があるだけで成り立つのだろうかと思っていました。

これをルールの切り替えによって、余裕を生んでいると捉えると納得しました。それが趣味と言われるとそうかもしれないけれど、全く違うルールにからだもあたまも切り替えているのだなと思いました。

このnoteを始めたきっかけも、ひとつの価値観から脱出したかったためです。もともと余裕があるから書けているという事実もあるけれど、時間をつくってこの2週間近くふり返る時間を設けてみて、仕事だけの側面から抜け出せている感覚があることに気づきました。

ふり返ると仕事のことも思い出すので、完全なルールの履き替えになっていないかもしれないけれど、記憶や考えはあれやこれや移り変わって固着はしていない気がします。また、その時もんもんとしていたことも、ひとまずnoteにアウトプットすることで離れられることも実感しています。

積極的にルールを複数持つことの視点で、しばらく過ごしてみようと思います。

また明日。



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