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ネモフィラの置き土産

三月。京都の春はまだ遠い。朝から雨が降っていた。
今日は、出かけるのは止めよう。
雨で陽が差さないためか、肌寒い。外へ出向く気持ちが萎えていく。
「せっかく、京都に来たのに何処にも行かないの?」
「雨の中、歩くのはいやだな」
「いいわ。わたし一人で出かけるから」

彼女は、出かけたまま戻って来なかった。

翌朝、目を覚ますと、まだ雨が降っていた。催花雨かもしれない。急き立てる音の調べが、心に残る澱を流していく。時に激しく、時に静かにと。うねりながら、脈動を起こすのだ。

雨が上がったようだ。外の景色を見ると、瑠璃色のネモフィラが咲き乱れていた。三月の花は、切なく青い。幻惑の置き土産。心も晴れるよと囁きが聞こえた。

そうだな。
彼女を待たない。待つ必要はないな。

春は、京都から終わり、そしてまた始まる。春の陽気が待ち遠しい。冬来たりなば春遠からじ、だ。

身一つで京都を後にしよう。瞳にネモフィラを焼き付けながら。

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