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おむとり治郎兵衛

(あらすじ)------------------

女神岳という小高い山のふもとに住む治郎兵衛さんはある日、山でネズミのチュウタと知り合い不思議な種をもらいます。その種を治郎兵衛さんが庭に植えると一日で木が育ち、美味しい実が成りました。治郎兵衛さんはその実に「森桃果」と名付けました。森桃果の美味しさはすぐに評判になりました。治郎兵衛さんは森桃果を売って裕福になります。それを妬んだのが村の無法者、権左でした。権左は森桃果の秘密を探り当て治郎兵衛さんを亡き者にしようとあれこれ画策します。しかし女房のツヤに邪魔されてその計画は失敗します。ツヤの正体は山の女神さまでした。治郎兵衛さん暗殺未遂事件が解決した後、ツヤの存在は人々の記憶から消えていました。

(以下、本編)------------------

昔々あるところに、心の優しいおじいさんとおばあさんが住んでいました。おじいさんの名前は治郎兵衛、おばあさんの名前はタエといいました。
二人が住む家は村から少しだけ離れていて、女神岳という小高い丘のような山のふもとにありました。

治郎兵衛さんの子供の頃は女神岳が遊び場でした。頂上にある小ぢんまりとした女神の社は長年の雨風でボロボロになっていましたが、治郎兵衛さんにとっては親しみ深く神聖な場所でした。
若い頃、治郎兵衛さんは女神の社で「もっと世の中の事を知りたいけれど、どうすればいいでしょう」と女神さまに尋ねました。すると治郎兵衛さんの耳に「学問をしなさい」という声が聞こえた気がしました。

治郎兵衛さんは都に出て商家で奉公をしつつ文字やそろばんを学びました。しかし、おっとりした性格の治郎兵衛さんには商売の世界は柄に合いませんでした。やがて都暮らしをやめ田舎に戻った治郎兵衛さんは、農業をするかたわら、本で様々な事を学んだり、村で寺子屋の先生などをして暮らしました。
そんな穏やかな毎日は治郎兵衛さんにはとても心地良いものでした。治郎兵衛さんがタエおばあさんと夫婦になったのも寺子屋の先生をしていた頃です。そして年老いた今は寺子屋を後進に譲り、村から少し離れた家でおばあさんと二人暮らしをしています。子供はいません。

年を取ったとはいえ治郎兵衛さんは元気でした。
家の裏の女神岳で山菜や薬草を採ったり、柴刈りをしたり、時には罠を使った猟をするなど、山との密接な関係も相変わらずでした。そして治郎兵衛さんが山に入る時は、おばあさんがお弁当としておむすびを三個作って持たせるのが決まりになっていました。

ある冬の日。
山に入っていた治郎兵衛さんは、お昼時になりお腹も空いたので、おばあさんが作ってくれたおむすびを食べようとしました。
そこは珍しい薬草が生えている斜面で、足場はあまり良くありませんでしたが、平らな場所まで戻るのもおっくうだったので、治郎兵衛さんは少し出っ張った岩に腰掛けて安定した姿勢を確保すると「さて、今日は何のおむすびかな?」とニコニコしながらお弁当の包みを開きました。
そして最初のおむすびを口に入れようとした時、指がかじかんでいたためか、うっかりおむすびを落としてしまいました。おむすびは斜面を勢いよくコロコロと転がっていき、最後には斜面の下に空いていた小さな穴に落ちてしまいました。
一瞬の出来事に、治郎兵衛さんはそれをただ見ている事しかできませんでした。

おむすびが消えていった穴を見つめ「ああ、もったいない」と治郎兵衛さんはため息をつきました。おばあさんに申し訳ない気がしたのです。
でも無くしたものは仕方がありません。
「せめて残りのおむすびを美味しくいただく事にしよう」と、治郎兵衛さんは二つめのおむすびに手を伸ばしました。
すると斜面の下の方から何やら甲高い動物の鳴き声が聞こえてきました。キーキー、チューチューとかなりの大騒ぎです。
「何の騒ぎだろう」と治郎兵衛さんは耳をすませました。するとそれは、さっきの穴の中から聞こえてくるように思えました。
「こりゃいったい、何事じゃ」
治郎兵衛さんはいったんお弁当をしまうと、慎重に斜面を降りていきました。

治郎兵衛さんが穴の中を覗いてみると、そこはネズミたちの住み家でした。
冬の時期である今、山には食べ物は少なく(今年は特に!)、里でも人間のネズミ対策が厳しくて、ネズミたちはお腹を空かせてとても困っていました。そこに天からの贈り物のようなおむすびが出現したのです。
ネズミたちはおむすびを見て最初は驚き、次には大喜びし、小さな穴の中でお祭り騒ぎが始まったのでした。
「ほほお、楽しそうじゃの」
元々陽気な事が大好きな治郎兵衛さんは、歌えや踊れやの大騒ぎをするネズミたちを見て、思わず笑い出してしまいました。ところがその笑い声が大きかったせいで、ネズミたちは穴を覗いている治郎兵衛さんに気がついてしまいました。
「人間だ、人間だ!」
ネズミたちは急に静まり返りました。治郎兵衛さんは慌てて「おお、悪かった。脅かすつもりはなかったんじゃ」と心から詫びました。よく見るとネズミは八匹。どうやら父親と母親と子ネズミ六匹です。
「おむすびをくださったのは、あなたですか」
父親らしい一番身体の大きなネズミが警戒しつつ一歩前に出ると、治郎兵衛さんに尋ねました。治郎兵衛さんは今までネズミの言葉など学んだ事もありませんが、この時は苦労もなく理解できましたし、なぜかそれを奇妙な事とは思いませんでした。
「食べようとしてうっかり落としてしまったんじゃが、お前さんたちがそんなに喜んでくれるのなら、それも良しじゃ。うちのばあさんのおむすびは美味いぞ。食べてみい」
治郎兵衛さんはそう言うと穴の前に座りこんで自分もおむすびを頬張りました。父親ネズミもどうやら人間の言葉がわかるらしく、大きく息を吐き出すと、子ネズミたちを振り返り「ではお前たち、ありがたくいただきなさい」と声をかけました。
お腹を空かせた子ネズミたちは、ひとつのおむすびに四方から齧りつきました。すると、元々そんなに大きなおむすびではなかったので、あっという間に無くなってしまいました。
「おや、もう無くなったのか。そりゃ気の毒じゃ。ほれ、もうひとつあるぞ」
治郎兵衛さんは最後のおむすびをそっと穴に入れてあげました。
「何とご親切に」
母親ネズミは目に涙を浮かべました。父親ネズミは、嬉しそうにおむすびに齧りつく子ネズミたちを見て、満足そうに笑うと穴から出て来ておじいさんに頭を下げしました。
「本当にありがとうございます。人間にこんなに良くしてもらったのは生れて初めてです。どうやってお礼をすれば良いでしょうか」
父親ネズミはとても礼儀正しいネズミでした。
「なに、わしも老い先短い身じゃ。もはや大した欲もない。ただ人間だろうがネズミだろうが、困っている者を見たら知らん顔ができんだけじゃ」
「お前さん、これを」
母親ネズミも穴から出てきました。何やら植物の種のようなものを持ってます。
「おお、よく気がついたな」
父親ネズミはその種を受け取るとおじいさんのひざ元に置きました。人の指先ほどの大きさで、やや楕円形。茶色で表面はツルツルしていますが、その他は特に変わった様子もありません。
「これは私が昔、山の女神さまからいただいた不思議な木の種です。とはいえ私が植えても芽も出ず、食べられるわけでもなく、私たちネズミにとってはあまり使い道が無いものなのです。でも、あなたたち人間なら上手く使えるかもしれません。この種をお礼に差し上げましょう」
「女神さまじゃと。わしはこの年になっても、まだお目にかかってはおらんが、そうかそうか。やはり女神さまはおいでじゃったんじゃのう」
「この山に住む者はみんな女神さまの事は知っていますよ。そういう私もお声を聞いただけで、お姿を見たわけではないのですけれど」
「そうじゃったのか。じゃが、そんな大事な物をいただいても良いのかな?」
「どうぞ、どうぞ。あなたは私たちの命の恩人です」
「何を大袈裟な。でもせっかくの申し出じゃ、ありがたくいただいておくとしよう」
父親ネズミと母親ネズミは顔を見合わせて頷きました。
「そうじゃ、わしは治郎兵衛という。家はこの山を降りてすぐの川のほとりの小さな家じゃ。ばあさんとふたり暮らしじゃが、食い物に困ったらいつでもおいで。なに、いくら貧乏でもネズミに分け与えるぐらいはできるからな」
父親ネズミは躍り上がって喜びました。これで何とか冬を越せると思ったのでしょう。
「私はチュウタ、こっちは妻のサクラです」
「おお、良い名だ。これからもよろしくな、チュウタ」
「はい、治郎兵衛様」
「ははは、治郎兵衛さんで良いわい。ではチュウタ、わしは行く。今日はネズミの友ができて楽しかった。長生きはするもんじゃな」そう言って治郎兵衛さんは山を降りて行きました。

夕方頃、家に戻った治郎兵衛さんは、早速、昼間の事をおばあさんに話して聞かせました。
「ほんにまあ、珍しい事」とおばあさんは目を丸くしながら「それでは、ネズミが家に入って来ても追い返さないようにしなきゃいけませんね」と笑いました。おばあさんは治郎兵衛さんの言う事を特に疑う様子もありませんでした。
「そうじゃな。あのチュウタというネズミはなかなか利口なやつじゃった。たぶん悪さもせんじゃろう。少しぐらい食べ物を持って行っても許してやってくれ」
「はいはい。それで、その不思議な種というのは」
「おお、そうじゃった。これじゃ」
治郎兵衛さんは大事に手拭いに包んで持って帰って来た種を懐から出すと、おばあさんに見せました。
「ほお、特に何も変わったところはないようですね」
「食べられる物でもないらしいの。どれ、試しに明日、庭に植えてみるか」

翌日はよく晴れた日でした。
治郎兵衛さんとおばあさんは朝から庭に出ると粗末な竹垣のそばに小さな穴を掘ってネズミにもらった種を植えてみました。
「まあこれでどうなるものか、見てみる事にしよう」
その日、治郎兵衛さんは特にやるべき用事もありませんでした。朝ごはんを食べた後、村までぶらぶら散歩し、日用品をいくつか買い、ついでに知り合いを訪ねたりしましたが、それほど遅くならないうちに家に戻る事にしました。

村を出て、自分の家が見える辺りまで帰って来た時、治郎兵衛さんは「何か変だ」と思いました。竹垣の辺りに何か見慣れないものがあります。近づくにつれ、それが人の背丈ほどの木だとわかってきました。見事な薄桃色の実がいくつも成っていました。でもまったく見覚えのない木です。
「もしやあれは今朝植えた、あれか?」
治郎兵衛さんは首を振り「まさか」と思いながら家に入ると「おい、あの庭の木は何じゃ。お前、何かわしを驚かそうしておるのかな」とおばあさんに声をかけました。
「何を言っているのです。庭に木なんてありませんよ」
「じゃ、あれは何じゃ」
そう言われて、おばあさんは庭に出てみました。治郎兵衛さんも後に続きました。
「あれまあ、これはいったい」
おばあさんは驚きました。たしかに木が生えています。間違いなくネズミからもらった種を植えた場所でした。
「ほんに、不思議な種だったんですねえ」
「ほれ、見てみい。実だってこんなに成っておるぞ」
その実はこぶしほどの大きさのもので、桃の実に似ていますが、もう少し表面がツルツルしていました。そして何とも甘くいい香りがします。
「どれ、食べてみるか」
本当に食べて良いものかどうかわからないのに、治郎兵衛さんは無造作にひとつの実をもぎ取ると、軽く手のひらでこすってからガブリと齧りつきました。
「おじいさん。いけませんよ」とおばあさんが止める間もありませんでした。しかしその心配はどうやら不要でした。
「おおお、美味い」
一口食べると、治郎兵衛さんは目を丸くして驚きました。こんなに美味しい木の実は食べた事がありません。一見、表面は固そうなのに食べてみると、皮は薄くて噛みやすく、果肉も口の中でとろけそうなほど柔らかくジューシー、それでいてしっかりとした食べ応えがあります。さらにほんのりと甘くて食欲をそそる香りが口から鼻に抜けてきて、どうにも一口では止まりそうにありません。
「ほれ、お前も食べてみい。これは絶品じゃぞ」
「本当ですか。見た事もない木の実など、ちょっと気味が悪うございますよ」
おばあさんはそう言いながらも、治郎兵衛さんが熱心に奨めるもので恐る恐る一口食べてみました。
「あれまあ、本当に美味しい」
おばあさんの表情がパッと変わりました。
それから二人は勢いがついたように「美味しい、美味しい」が止まらなくなり、気づけば立ったままいくつも木の実を食べてしまっていました。

翌朝。
土間の隅に置かれた籠には、あの木の実がたくさん入っていました。
昨日、治郎兵衛さんとおばあさんは、見知らぬ木の実を食べてお腹がいっぱいになった後、とりあえず「実っている分だけでも」と家から籠を持ち出して来て、熟れた実を収穫したのでした。ざっと数えても三十個ぐらいはありました。
「では、行ってくる」
朝ご飯の後、治郎兵衛さんは木の実が入った籠を背負うと、山に出かけて行きました。治郎兵衛さんが目指したのはチュウタたちの巣穴です。籠いっぱいの木の実とはいえ、それほど重くはなかったので、いつもと変わらない軽い足取りでした。
「おい、チュウタ。いるのなら少し顔を出しておくれ。伝えたい事があるんじゃ」
穴の前で治郎兵衛さんは膝をつくと、中に向かって呼びかけました。すぐにチュウタとサクラが顔を出しました。
「どうしましたか、治郎兵衛さん」
「いやなに、こないだお前さんにもらった種じゃがな、試しに家の庭に植えてみたのじゃ。するとあっという間に大きく育って、こんな実までつけたんじゃよ」と治郎兵衛さんは言うと籠から木の実を取り出してチュウタの目の前にそっと置きました。
「この実がじゃな、とにかく絶品なんじゃ。あまりに美味くて食べだすと止まらないんじゃよ」
治郎兵衛さんの声を聞いたせいか、それとも甘い香りに誘われたのか、子ネズミたちもぞろぞろと穴から出て来て、木の実を取り囲みました。
「まずは食べてみい、ほれ。まだあるぞ」
治郎兵衛さんはさらに木の実をいくつか取り出して地面に置きました。ネズミたちはそれぞれに木の実に齧りつきました。すると昨日の治郎兵衛さんたちのようにネズミたちも食べる勢いが止まらなくなりました。治郎兵衛さんは、そんなチュウタ一家のにぎやかな食事風景をニコニコしながら見ていました。
治郎兵衛さんはチュウタたちに木の実を分け与えた後、村に行って残りの木の実を村人たちにも食べさせました。
食べた全員が、木の実のあまりの美味しさにびっくりし、治郎兵衛さんに「こんな美味しい木の実は初めてだ」「ありがとう」と感謝しました。
みんなが喜んでくれたので治郎兵衛さんは満足し、楽しい気分で家路につきました。そして家に戻ってみると、さらに驚くべき事が待っていました。
朝にはまだ一本だったはずの庭の木が十本ほどに増えていました。どうやら昨日おばあさんと一緒に庭で実を食べた時、実に入っていた種をそこら中に無造作に捨てたのですが、その種から新しい木が生えたようなのです。もちろんそれぞれの木に、実もたくさん成っています。
「ほお、こりゃえらい事になったのお。とてもわしらだけでは食べきれんわい」
そこで翌日も治郎兵衛さんは収穫したたくさんの木の実を持って村に行き、村人たちに配って回りました。もちろんその前にチュウタの所にも持って行ってあげました。

治郎兵衛さんは木の実に名前が無いと不便だと思い、その実に「森桃果(しんとうか)」と名付けました。「森で見つけた桃のような果実」という意味です。治郎兵衛さんは長く寺子屋の先生をしていた事もあり、なかなかのインテリでした。
この森桃果の木は、どんなに収穫しても実が無くなるという事がありません。治郎兵衛さんとおばあさんがせっせと朝のうちに収穫しても、翌朝にはまた次の実が成っています。ただし、収穫せずにそのままにしていれば、必要以上に増えたりはしません。そこで治郎兵衛さんは、収穫は三日に一度、それも村人たちがもらってくれる程度と決めました。

そうこうするうち、治郎兵衛さんの不思議な木の実「森桃果」の噂は都の方まで伝わり、都の商人たちが幾人も「うちでその実を扱わせてほしい」と、治郎兵衛さんの家を訪ねて来るようになりました。
それというのも森桃果を食べた多くの人が「これは素晴らしい」と感心して自分でも育てようと試したのですが、なぜか治郎兵衛さん以外の人が植えても種が発芽しないのです。
結果的に森桃果の栽培は治郎兵衛さんの独占事業となりました。

治郎兵衛さんはみんなが「美味しい、美味しい」と喜んでくれるのが嬉しくて、庭を広げて、木の本数を増やしました。もともと周りに何もない一軒家だったので敷地を広げるのは簡単です。いつの間にか治郎兵衛さんの家の横にちょっとした果樹園が出来上がりました。そうすると黙って森桃果を盗んでいこうとする悪者も出てきましたが、治郎兵衛さんやタエおばあさん以外の者が収穫した森桃果は、たちまち赤黒く変色してしまい、味も酸っぱくてとても食べられたものではありませんでした。匂いもどこか腐ったような嫌な臭いになってしまいます。
村人たちは「不思議な事もあるもんだねえ」と言い合って感心しました。というのも、治郎兵衛さんが誰にでも優しく親切で心根の良い人なので「やっぱり神さまはちゃんと見てくださっているんだな」と思ったのでした。

おじいさんは森桃果を収穫して出荷するのが日々の仕事となりました。
特にお金儲けをしようという気は無かったので、むやみに大量生産をする事はありませんでしたが、それでも森桃果の人気が上がり続けたので、あれよあれよという間に治郎兵衛さんの家は裕福になっていきました。
もちろん裕福になったらといって治郎兵衛さんは贅沢をするわけではありません。困っている村人のために家の修繕費を出してあげたり、井戸を掘ったり、田んぼを整備したり、集会所を作ったりと、みんなのためになる事にお金を使いました。
すると当然ながら、治郎兵衛さんの評判もさらに上がりました。

ところで、善人ばかりの村人の中にも、ひとりだけ心根のひね曲がった者がいました。権左という三十歳ぐらいの男です。
「なんで治郎兵衛のじじいばかりが幸運に恵まれるんだ。そりゃ不公平ってもんだ」と権左はあちこちで恨み言をもらしていました。
権左は村の生まれ。子供の頃から手のつけられない乱暴者でした。早くに両親を亡くし、親戚ともあまり折り合いが良くなかったため、若い頃に刺激を求めて都に出て行きました。
都では悪い連中と付き合ってヤクザのような事をしていたらしいのですが、三年ほど前、何らかの事情で都にいられなくなって村に戻って来ました。あくせく働くのが嫌いな権左が選んだ仕事は猟師です。元々体力や腕力には自信があったので、猟師としての腕はさほど悪くはありませんでした。ですが天性の怠け者である上に、この辺りの山や森では大した獲物もいないため、猟師の仕事だけでは生きていけません。そこで村長の口利きで木こりの手伝いをしたり、野盗に対する村の警備の仕事もしていました。要するに決まった仕事もせず、親切な村人たちに助けられて暮らしているのが現実でした。そして、そういう日々は権左のひねくれた自尊心をひどく傷つけるものでした。

権左は村人たちが自分を馬鹿にしていると勝手に思い込んでいました。
「俺だってそのうち大金を掴んでだな」と権左が家で酒を飲みながら大ぼらを吹いていると妻のツヤが台所から「そのうち、そのうちでもう三年も経ってるじゃないか。いい加減、夢みたいな事ばかりお言いじゃないよ」と厳しく言い返しました。
「何だと。女房の分際で、よくも言いやがったな」
するとツヤは目を吊り上げながら台所から出て来ると、ピンと背を伸ばして権左を睨みつけました。
「女房の分際とは偉そうに言ったものだね。でかい図体した誰かさんが子供みたいに泣いて頼んできたんで、仕方なく女房になってあげたんじゃないか。ああ何度でも言ってあげるよ。男のくせに酒を飲んではぶつぶつ、ぶつぶつと不平ばかり。ろくに何にもできないくせに、本当、みっともないったらありゃしないね」
「てめえ亭主をつかまえて何て口を利きやがる。女房だからって、ただでおかねえぞ」
「へん。ただでおかなきゃ、どうするってのさ。亭主面したいんなら、口だけじゃなく、いっぱしの男だっていう証を見せなよ。それとも何かい、こんな男を亭主にした私の見込み違いだったのかね。それなら今すぐにでも別れて、こんな家出て行くけど、それでもいいんだね」
ツヤは幼い頃、両親と旅をしている時に、この村の近くで野盗に襲われ孤児となり、優しい村人たちに保護された娘でした。少女の頃から誰もが振り向くほどの美しい娘でしたが、早くに両親を亡くした事が原因なのか、とにかく気が強くて相手が誰であろうが気に食わなきゃ文句は言うわ、手も出すわという具合で、いつの間にやら誰もが恐れる女丈夫となりました。しかしツヤは単に曲がった事が嫌いなだけで、わがままで文句を言っているわけではなかったので、村人たちもツヤの癇癪には寛容でした。
そして村のおかみさん連中はそんなツヤを親戚の娘のように思い、あれこれと暮らしが立つように世話をしてあげました。
ツヤは働き者でした。農作業など進んで村の仕事を手伝いつつ、長く独り身で暮らしていましたが、ある時村に戻って来た権左が、都でも稀なほど美しいツヤを見初めて、猛アタックした末、所帯を持つ事に成功したのでした。
ところがそれが権左にとって、本当に幸福だったのかどうかはわかりません。
「ツヤも気の毒な事。権左のやつに酷い目に遭わされなきゃいいが」と最初は村人たちも心配しました。しかし乱暴者の権左ですら簡単に尻にしいてしまうツヤの猛女ぶりに「何とツヤの恐ろしく強い事」と村人たちも呆れてしまいました。所帯を持ってすでに三年が経ちましたが、とにかく権左はツヤには頭が上がりません。もちろん手を上げる事もありません。毎日のようにツヤに小言を言われても何もできず、ほとほと疲れ果てています。
ただしそれは周囲にとっては幸いでした。ツヤの顔色を気にして、権左は以前のような乱暴騒ぎを起こす事がほとんどなかったからです。
そんな権左でしたが、ここのところ、どうも様子が変でした。昔のヤクザ気質が蘇ってきたのか、何か企んだような嫌らしい目つきで村に現れた治郎兵衛さんを見るようになりました。ツヤの発破が悪い方に作用したのかもしれません。

権左はある日、治郎兵衛さんの家の近くに潜み、自宅から出て来る治郎兵衛さんを待ち構えると、密かに後をつけました。治郎兵衛さんは権左には気づかず、裏の山に入って行きました。
「どこに行きやがる」と権左は苦労しながら治郎兵衛さんの後を追いました。権左はどこか適当な所で治郎兵衛さんを捕まえて、力づくでも森桃果の秘密を探り出すつもりでした。場合によっては痛めつけてお金を巻き上げてやろうとも思っていました。
しかし治郎兵衛さんが山の中へ、わき目も振らず入って行くので、どこに向かっているのか、にわかに興味がわいてきました。
治郎兵衛さんは、草木が茂って歩きにくい細い道をしばらく歩き続け、ようやく開けた場所に出ました。その奥には二階建ての家ほどの高さの緩やかな崖があり、治郎兵衛さんはその崖の下まで行ってしゃがみ込みました。
「チュウタ、いるか。今日は酒を持って来たぞ」
そこはチュウタの巣穴がある場所でした。
治郎兵衛さんは穴の前に座り、ひょうたんを取り出しました。中味はお酒です。地面にお猪口を二つ並べてお酒をつぎました。さらに、酒の肴にたくあんも取り出しました。
「治郎兵衛さん、どうしたんですか、お酒とは珍しいですね」
巣穴から顔を出したチュウタが言いました。
「お、何だありゃ。ネズミか」離れた所からその光景を見ていた権左は驚きました。
「人とネズミが仲良く酒盛りするなんざ、聞いた事もねえ」
隠れて権左が見ている事など知らない治郎兵衛さんとチュウタは、お酒をちびりちびりと舐めながら楽しそうに話を続けました。ネズミのチュウタはもちろん、治郎兵衛さんも、元々お酒は得意ではないのですが、今日は特別です。
「覚えておるか、チュウタ。ちょうど一年前の今日じゃ。おむすびを転がしてお前と出会ったのは」
「そうでしたね。私たちも治郎兵衛さんに出会ってから食べ物に不自由する事も無くなりましたし、子供ももう二十匹に増えましたよ」
「大家族じゃな。めでたいのう」
「おじいさん、こんにちは」サクラも出てきて治郎兵衛さんにあいさつしました。
「おお、サクラも元気で何よりじゃ」
「いつも食べ物をありがとうございます」
「なに、元はと言えばチュウタからもらったあの種のおかげじゃ。こちらこそいくら礼を言っても足りんほどじゃ」
チュウタの鳴き声はチューチューとしか聞こえないものの、治郎兵衛さんの声が大きかったので権左にも話の内容がわかりました。
「何だって、森桃果の種は山で拾ったのではなく、あのネズミから手に入れたものだったのか」
権左の目が怪しく光りました。

しばらくチュウタと楽しく話をしていた治郎兵衛さんでしたが「どれ、そろそろ帰ろうかの」とお昼頃、ようやく重い腰を上げました。
「また何か美味しいものでも持ってくるからの。お前もたまにはうちに遊びに来るといい。ばあさんも待っておる」
「ええ、ですが最近は、治郎兵衛さんの家にはお客さんが多いので、なかなか行きにくくなりました」
治郎兵衛さんの家には収穫や出荷を手伝ったり、あるいは村の相談事や商談の話をするために村人や商人たちが毎日のようにやって来るので、人に嫌われるネズミとしては姿を見せにくくなったのでしょう。
「そうか。そりゃ難儀じゃの。まあそれならこちらからまた出向いて来るとするかの」
そう言い残すと、治郎兵衛さんは女神さまの社に参るためにその場を離れていきました。

姿を隠したまま治郎兵衛さんを見送った権左は、やや時間を置いてから、そっとチュウタの巣穴に近づいて行きました。
膝をついて穴を覗き込むと、中には何匹ものネズミがいました。権左が覗いている事には気がついていません。
「気持ち悪いネズミどもめ」
権左はサッと手を伸ばすと、穴の入り口に一番近い場所にいた一匹のネズミを捕まえました。それはチュウタの妻のサクラでした。
「お前さん、お前さん」サクラは驚いて身体をバタバタとさせながら叫びました。しかしネズミの言葉がわからない権左にはサクラの声はキーキーと甲高い悲鳴にしか聞こえません。
「大人しくしやがれ」
権左はサクラを握る手に力をこめました。するとサクラは息が苦しくなって声が出なくなりました。
「何だお前は。妻から手を放せ」
チュウタが穴から飛び出して権左に体当たりしてきました。でも身体の大きな権左には大したダメージはありません。
「よく聞け。俺も別にネズミ退治に来たわけじゃない。言う事を聞けばこいつも放してやる。どうだわかるか」
権左はネズミに話しかけるなんて馬鹿らしいと思いながらも言ってみました。ですがそれによってチュウタの動きが止まったので、どうやら言葉が通じているらしいと権左は感じました。
「治郎兵衛じじいの事はわかるな」
チュウタは権左を睨みつけたまま、はっきりと頷きました。
「あのじじいに最初に森桃果の種を渡したのは、どうやらお前らしいじゃないか。なに簡単な話だ。それと同じ種を俺によこせ。そうすればこいつを返してやる」
チュウタの巣穴にはこれまで治郎兵衛さんが持って来た森桃果の実に入っていた種がいくつか残っていました。チュウタは一度穴に戻るとその種を持って出てきました。
「いい心がけだ。ではいただいていく事にする」
権左は種を受け取ると立ち上がりました。しかしサクラを放そうとはしませんでした。
「だが俺は騙されるのが嫌いだ。もしこの種が偽物だったら、こいつは殺す。それまでは預かっておくぞ」
その言葉にチュウタは激怒しました。種は本物です。でも治郎兵衛さんの時のようにちゃんと発芽する保証はありません。むしろ何も起こらない可能性の方が高いでしょう。するとサクラは殺されてしまいます。
チュウタは権左の足に齧りつきました。
「痛たたた、ちくしょうこの野郎」
権左は反射的に足を振り上げてチュウタを崖の方に飛ばしました。崖にぶつかったチュウタはコロコロと転がってまた権左の足元に落ちてきました。
そこで権左は思い切りチュウタを蹴飛ばしました。ふたたび崖に激突したチュウタは気を失って動かなくなりました。
「手間をかけさせやがって。だがこの種が偽物だったら、この程度ではすまんぞ。覚えてやがれ」
権左はぐったりしているサクラを握ったまま村に帰って行きました。

「おい、良いものを手に入れたぞ」
家に戻った権左はツヤに褒めてもらおうと森桃果の種を見せました。
「何だいこりゃ。こんなもの植えても何も成りゃしないよ。みんな散々、試したんだ。あんたもそれぐらいわかってるだろうに」
「いや、そうじゃねえんだ。これは特別な種だ。まあ試しに植えてみろ。これで俺たちも金持ちになれるぞ。いつまでも治郎兵衛だけに良い思いをさせてなるものか」
「しょうがないねえ。それほど言うのなら植えてみようじゃないか」
ツヤは権左から種を受けとりました。その時ツヤは、権左がもう一方の手にも何か持っている事に気がつきました。
「あんた、そっちの手には何を持ってるんだい」
「おう、これか。これはまあ何だ、御守りみてえなもんだ」
「御守りだって。見せてみな」
「わざわざ見せるほどのもんじゃねえって」
「いいから、見せな」
そこで権左は手を開きました。ぐったり動かない小さなネズミが現われました。もちろんサクラです。
「ちょっとあんた。そりゃネズミじゃないか。何が御守りだい」
「いや、これには事情ってもんが」
「捨ててきな」
「いや、明日まで待ってくれ。そうすりゃ後は好きにしていいから」
何かを隠している権左の態度が気になりましたが、ツヤはしぶしぶ、小さな籠の中にネズミの寝床を作ってやると、そこにサクラ寝かせました。水とエサになりそうな食べ残しも添えてあげました。ネズミを嫌ってぞんざいに扱うかと思われましたが、案外、ツヤが細やかな気遣いを見せた事に権左も意外な思いがしました。
「おめえ、ネズミが気持ち悪くないのか」
「何言ってんだい。あんたに比べりゃ、ネズミだって可愛いもんじゃないか」
ツヤは不機嫌そうな顔で言い返した後、家の裏に森桃果の種を植えました。

翌朝。
「ほれ見ろ、ツヤ。こいつあ本物だぜ」
朝から権左は大喜びしていました。ツヤが種を植えた場所で森桃果は見事に発芽し、膝の高さほどの木が生えていたのです。
「どうやら芽が出たみたいだね」
なぜかツヤは、それほど驚かず、嬉しくもなさそうでした。
「何でえ、もう少し喜んだらどうだ。これで俺たちも一儲けできるってもんだ。おめえにも贅沢させてやるからよ」
「いらないよ。あんたこそ、これでまた妙な事を企むんじゃないよ」
「何だよ。つまらねえ女だぜ。まあいいけどな」
権左はツヤの反応が良くない事にはガッカリしましたが、それより思惑通りに森桃果が育った事の方が嬉しくて上機嫌でした。

昼頃、村に治郎兵衛さんがやって来ました。
その姿を見かけたツヤは玄関を出た辺りで「ちょっと、治郎兵衛さん」と声をかけました。その時、権左は村でただ一軒のめし屋に行き酒を飲んで大騒ぎしていたので不在でした。
「おお、どうしたツヤ。心配事かの」
治郎兵衛さんは気軽に返事をするとツヤの方に近づいて来ました。たしかにツヤの表情には何か暗いものがありました。ツヤはかつて治郎兵衛さんの寺子屋で文字やそろばんを習っていたので、二人はよく知った仲でした。
いや、それどころかツヤにとっては治郎兵衛さんは恩師であると同時に、素直に悩みを相談できる唯一の人間で父親にも近い存在でした。治郎兵衛さんも、頭がよく不幸な境遇に負けない気概を持っているツヤをとても可愛がって、かつて山に行く時もしょっちゅうツヤを連れて行ったものでした。
「昨日、権左が帰って来るなり、ネズミから森桃果の種を手に入れたと言うんですよ。それがほら」
ツヤは家の裏に治郎兵衛さんを案内しました。その頃には森桃果は腰の高さほどに成長していました。
「ほお、見事じゃな。うちの庭以外でこれが育ったのは初めての事じゃないかの」
「たぶんそうだと思うんですがね。でも私には、これがいい事だとは思えないんですよ」
「権左が何か悪さを考えていると」
「ええ、このネズミを知っていますか」
ツヤは家の中からサクラを入れた籠を持って来ると治郎兵衛さんに見せました。
「お、サクラではないか。どうした、大丈夫か」
予想外の事に治郎兵衛さんは珍しく動揺しました。サクラはまだ十分に回復していない様子でしたが、治郎兵衛さんを見て嬉しそうにキーと鳴きました。少なくとも怪我はしていない様子に治郎兵衛さんは少し安心しました。
「これも昨日、権左が連れて来たんです。うちに置いといても、きっとろくな事になりゃしませんから連れて行ってもらえませんか」
「わかった。ありがとうツヤ、このネズミはわしが預かっていこう」
治郎兵衛さんはその足で一度家に戻るとサクラをおばあさんに託して、山に入って行きました。どうにも嫌な胸騒ぎがします。

「おおい、チュウタいるか。チュウタ」
チュウタの巣穴の前まで来て治郎兵衛さんは穴に向かって呼びかけました。すると子ネズミたちがわらわらと穴から出てきて「治郎兵衛さん」「治郎兵衛さん」と泣きそうな声で騒ぎ立てました。
「お前たち、チュウタはどうした」
「父さんは人間にやられて、まだ起き上がれません」
子ネズミの中でもいちばん年上のチュウキチが治郎兵衛さんに訴えました。驚いた治郎兵衛さんは穴を覗きこみ、ぐったりしているチュウタを見つけると優しく手に乗せて外に出しました。チュウタは目を開くと「治郎兵衛さん。サクラが…」と、苦しそうに言いました。
「安心するがいい。サクラはわしが保護した。今、わしの家で休んでおる」
それを聞いてチュウタはホッとしたのか、身体から力が抜け、たちまち気を失ってしまいました。

権左はツヤがサクラを逃がしたと聞いても別に腹も立てませんでした。森桃果の実が採れる事が分かった以上、ネズミなどどうでもいいのです。
ただ気に食わないのは森桃果は権左が収穫すると、すぐに腐ってしまう事でした。どうやら収穫するのも木を育てるのもツヤでなければならないようでした。
権左はツヤが収穫した森桃果を二、三日かけて籠いっぱいに集め、それを借りた馬に背負わせて、都に出かけて行きました。
都までは普通に歩けば二日かかります。
森桃果は日持ちのする果実でしたので都に着いても腐ったりしておらず、新鮮さを保っていました。
都で長く暮らしていた権左は市場にも知り合いがいました。そこで軒先を借りて森桃果を売り出してみたところ、飛ぶように売れました。
「こりゃいいぞ」
午前中に売り出したのですが、あっという間に完売して、昼過ぎには権左はまとまったお金を手にしていました。
「村に戻るのは明日だ。今日はゆっくりしていこう」
権左は高揚した気分のまま宿に戻り、荷物を置くと、すぐさま盛り場に繰り出しました。

どうもこの日の権左は調子に乗り過ぎていたようでした。
最初はあまり目立たない場末の店でチビチビと酒を飲んでいましたが、酔いが回ってくるとだんだん気持ちも大きくなり、盛り場の中でも人気のある大きな店で騒ぎたくなってきました。そこは若い頃、権左がよく通った店でもありました。
ところが店に入ってまもなく、権左は自分の迂闊さを後悔する事になりました。
「お、こりゃ珍しい男がいるじゃねえの」「久しぶりだなあ、権左」「何だおめえ、羽振りが良さそうじゃねえかよ」といかにも素行の悪そうな三人の男が権左に絡んできました。
男たちの名前は、平次、吉三、勘太といい、都でも札つきの無法者でした。
実はこの三人に権左は賭け事の借金がありました。三年以上前、「今すぐ返さなきゃ殺す」と脅された権左は、それを踏み倒して都から姿を消したのでした。さすがに権左も「しまった」と思いましたが、後の祭りです。
「よお、久しぶり」と権左は強がって見せて、何とかこの場をやり過ごそうとしましたが無駄でした。半笑いだった男たちの顔が急に険しくなりました。ひょろりと背の高い平次が権左の肩に手をかけ「おめえ、俺たちに金を借りたままだって事を忘れちゃいねえか」と耳元で囁くと、権左の椅子の足を蹴飛ばしました。権左は椅子を外されて、その場に尻もちをつきました。
「へえ、こんな高い酒、よく飲めたもんだな」
ずんぐりした力持ちの吉三はそう言うと酒の瓶を手に取り、権左の頭に思い切り叩きつけました。権左は血で真っ赤に染まった頭を抱えてうずくまりました。
「何とか言ってみろ、おら」と小柄な勘太が権左の横腹を蹴り上げました。権左はその勢いで仰向けになりました。
「待て、待て。俺が悪かった。謝る、勘弁してくれ」
権左はこのままでは殺されると思って、手足をバタバタさせながら悲鳴とも哀願ともつかない叫び声を上げました。
「権左、てめえ謝れば許してもらえるとでも思ったか。舐めるんじゃねえぞ」
謝っても男たちの乱暴は止まりませんでした。権左は死にたくない一心で平次の足にしがみついて「助けてくれ。いい儲け話があるんだ。本当だ。大金持ちになりたくないか。俺を殺せばそれも無くなるぞ」と喉が破れんばかりにまくし立てました。するとようやく男たちが動きを止めました。
「嘘だったら、殺すぞ」
男たちは血走った目で権左を睨みつけました。

その三日後。
籠いっぱいの森桃果を馬の背に乗せ、意気揚々と都に向かった姿とは一変、全身ボロボロの青息吐息になった権左が馬の背にしがみつくようにして村に戻って来ました。
「どうしたんだい、あんた。そのなりは」
さすがにツヤも驚いて権左を布団に寝かせると、打ち身のあざに薬を塗ったり、血がこびりついた額を拭いたりと、できるだけの看病をしてあげました。ですが権左は何もいきさつを語らず、ただ「ちくしょう、ちくしょう」とばかり繰り返していました。
しかし人間離れした頑丈さが取り柄の権左は、翌日には起き上がって動き始めました。
「おい、裏の木はどうなってる」
「あのままさね。相変わらず、たくさん実が成るから、近所の連中に分けてやってるけどね」
「何だと、馬鹿な真似すんじゃねえよ。ありゃ商売のネタだ。タダで配ってどうすんだ」
権左は森桃果で一財産を作る計画を諦めてはいませんでした。諦めるどころか、今となってはむしろ執念に近いものに変わっていました。権左は都で命の危険に晒された時、咄嗟に閃いた計画を思い返しました。
「まずは治郎兵衛のじじいだな」
今回の一件で、ツヤを使えば自分のところでも森桃果の収穫ができる事を権左は確信しました。そうなると治郎兵衛さんは商売敵という事になります。治郎兵衛さんがいなくなれば、森桃果は権左の独占商売になりもっと高値でも売りさばく事ができるでしょう。
「おいぼれにはそろそろ退場してもらわねえとな」
権左は恐ろしい事に手を染めようとしていました。

数日後、権左は「三蔵のとこに行ってくる」とツヤに言い残して家を出ました。ちなみに三蔵とは隣村に住む権左の悪友で、二人で夜通し騒ぐ事も珍しくありませんでした。
しかし権左は隣村には向かわず、村はずれにある誰も使っていない小屋に行き、そこでしばらく時間をつぶしていました。
すると夕方頃、三人の男たちがその小屋を訪ねて来ました。それは都で権左に殴る蹴るの暴行を加えた平次、吉三、勘太の三人でした。三人は大八車に大きな桶を二つ載せて運んで来ていました。
「おい権左、おめえの望み通りこうして来てやったぜ」
平次が気だるそうな口調で言いました。
「助かるよ。ありがとうな」
権左はできるだけ愛想良く答えながらも、まだあの時の恐怖が去らないのか、震えていました。
「俺たちをだまそうなんて下手な考えを持つんじゃねえぞ」
「わかってるさ」
権左は固い笑いを浮かべました。
四人の男たちはそこで酒を飲みながら夜を待ちました。そして辺りが真っ暗になると四人はやおら立ち上がり、誰にも見られないよう警戒しながら小屋を出発しました。その夜は上手い具合に月が雲に隠れており、人目を避けて行動するにはうってつけの夜でした。

夜も更けた頃、肩で息をしながら大八車を押してきた四人の男たちは、ようやく治郎兵衛さんの家の近くまでたどり着きました。
そこでしばらく家を睨みながら呼吸を整えていた権左でしたが、呼吸が落ち着くと「行こう」と三人を促して行動を開始しました。
男たちは大八車を果樹園の側まで動かすと、桶を下ろし、ひとつを権左と勘太、もうひとつを平次と吉三で抱えました。
権左と勘太はできるだけ音を立てないように果樹園に分け入りました。そして桶の中味を慎重に撒いて行きました。それは何と油でした。
権左は暗闇の中で小柄な勘太と一緒に桶を傾けていましたが、そろそろ全部撒き終わるかという頃に手を滑らせて桶を転がしてしまいました。果樹園の地面は柔らかいので大きな音はしませんでしたが気が立っていた勘太は「何してやがる」と権左を蹴りました。
「へへへ、悪い悪い」と権左は小声で謝りながら、桶を拾いに行くふりをして勘太の背後に回りこみました。そして素早く勘太の口を手で押さえて、その胸に短刀を突き立てました。勘太は目をむいてひとしきり暴れましたが、権左は馬鹿力でそれを押さえつけると、さらに短刀を二度、三度と突き立てました。やがて勘太は動かなくなりました。
「ざまあみやがれ、ちくしょうめ」
血だらけで地面に倒れている勘太を見下ろしながら権左は吐き捨てました。

その頃には果樹園の外と母屋の周りに油を撒いていた平次と吉三も作業を終え、大八車の所に戻っていました。
二人が「遅えなあ、あいつら」とぶつぶつ不平を言い合っていると、服を血だらけにした権左が果樹園から出て来ました。二人は驚きのあまり固まってしまいました。
「お、おめえ、何だそれは」
権左がそばに来て立ち止まると、平次が間の抜けた質問をしました。権左は平次を不思議そうな顔で見て言いました。
「おい、平次。おめえなんで吉三をバラシてねえんだ。俺は約束通り、勘太のやろうを殺ってきたぜ。儲けを山分けにするんじゃなかったのかよ」
それを聞いた吉三の表情が一変しました。
「な、何だと。おめえら、よくも」
ずんぐりした体格の吉三は「騙しやがったな」と言いながら背の高い平次を下から凄い目で睨み上げました。
「ちょっと待て、誤解だ。落ちつけ、吉三」
平次は後ずさりしながら、「誤解だ」と繰り返します。吉三は平次を追い詰めようと前に出て権左から目を離しました。それが吉三の失敗でした。
吉三の予想をはるかに超える速い動きで、権左は身体ごと吉三にぶつかっていくと、そのわき腹に血塗られた短刀を深々と突き刺しました。
吉三の顔が苦痛に歪みました。権左が無造作に短刀を引き抜くと、吉三はわき腹を押さえながら膝をつきました。「酒瓶のお返しだ」と権左は言って、今度は吉三の喉に短刀を突き立てました。吉三は何か言おうとしましたが、権左から胸を蹴られると、地面に倒れ、口から血を噴き出しながら事切れてしまいました。
「危なかったな、平次。あのままじゃ、おめえ吉三の野郎に殺されてたぜ」
権左はニヤリと笑いながら振り返って平次を見ました。
「お、おお、すまねえな」
平次は事態の急変に思考が追いつかず、呆然としていました。そこを権左は見逃しませんでした。
「もう何も心配は要らねえぞ」と言いながら、何気なく平次に近づくと、見事に心臓を一突きにして平次も殺してしまいました。

権左は動かなくなった平次と吉三を果樹園まで引っ張っていき、折り重ねました。そして平次の手に短刀を握らせました。見ようによっては殺し合いをして共倒れになったように見えなくもありません。
「まあいい。どうせ丸焦げになるんだ」
それから権左は腰の袋から火打石を取り出すと、慣れた手つきで油に火をつけました。
権左はしばらく離れた場所から燃え上がる治郎兵衛さんの家と果樹園を見ていました。
もし母屋から治郎兵衛さんが逃げ出して来たら捕まえて殺してしまうつもりでしたが、母屋はあっという間に物凄い炎に包まれてしまい、今さら逃げ出そうとしても手遅れと思われました。
それを見た権左は「これで全部片付いた」と満足そうに笑みを浮かべて村に帰って行きました。

翌日、昼近くになり治郎兵衛さんの家の火事の噂が村を駆け巡りました。夜明け前に家に戻り、ちょうどその頃目を覚ました権左は、ツヤに「何だか表がざわついちゃいねえか」と素知らぬ顔で尋ねました。台所にいたツヤは権左の方を振り向いて、悲しそうな表情を浮かべました。
「可哀そうに治郎兵衛さんの家が火事に遭ったそうだよ。しかも誰かに火をつけられたって話さ」
「へえ、そりゃ驚きだな。仏の治郎兵衛が誰かの恨みを買うなんてな」
権左の心の中では、まだ高揚感が消えていませんでした。油断すると笑い出しそうになります。
「火の回りが早かったんだろうけど、家も果樹園も全部燃えて灰しか残ってないって話さ。本当に気の毒だよ」
ツヤは心から辛そうでした。
「それで、誰が火をつけたんだ。下手人はわかっているのか」
その言葉にツヤはしばらく黙って権左の顔を見ていましたが、やがて「誰だかわからない死体がいくつか見つかったそうだから、それかもしれないけどね。世の中には酷い人間がいるもんだね」と言いました。
「へえ、そうかい。下手人がわからないんじゃ、治郎兵衛も浮かばれねえな」
そこでツヤは少しだけ笑顔を浮かべました。
「でもまあ、治郎兵衛さんとタエさんの命が助かったのは本当に良かったよ。やっぱり日頃の行いのせいだろうね」
それを聞いて権左の表情から急に血の気が失せました。
「何だって。治郎兵衛のじじい、生きてやがるのか」
権左は頭から冷や水を浴びせられたような気分になりました。

治郎兵衛さんとタエおばあさんは、朝、村人たちが起き出した頃、疲れ果てた姿で村に現れました。寒い時期だったので、かなり弱っていましたが、健康には問題無さそうでした。
ふたりは村の集会場で休みました。すると噂を聞いた村人たちが食べ物や着る物を持って来たので治郎兵衛さんたちは、ようやく一息つく事ができました。
さらに二、三日もすると森桃果の取引で関係のある都の商人たちから、たくさんの見舞いの品とお金が届きました。これで治郎兵衛さんとおばあさんは当面の暮らしに不自由する事はなくなりました。
村長はふたりを家に引き取りたいと言いましたが、治郎兵衛さんは「ここで構わんよ」と言い、落ち着き先が決まるまで集会場の小部屋でふたりは暮らす事にしました。

あの日、権左たちが大八車を押して家の近くで待機していた時。
権左に蹴られた時の怪我から回復した後も治郎兵衛さんの家で暮らしていたチュウタが、怪しい人の気配と不穏な油の臭いに異変を感じ、寝ていた治郎兵衛さんに急を告げました。治郎兵衛さんとおばあさんは寒くない格好に素早く着替えると、何も持たないまま裏口から出て、近くの藪の陰に隠れました。
二人には夜の闇の中で権左が繰り広げた殺人劇の全貌はさすがにわかりませんでしたが、襲撃者に見つかると命が危ない事はよくわかったので、夜明けまでじっと動かないでいました。
そして夜が明けると二人で身体を支え合うようにして、村まで歩いて来たのでした。

チュウタは家族をいったん山まで送って行った後、村に来て、密かに治郎兵衛さんたちを見守りました。まだ危険は去っていない気がしたからです。
実際、その通りでした。権左にとっては治郎兵衛さんの果樹園を焼き払うだけでは不完全でした。なぜなら治郎兵衛さんが健在であれば果樹園などすぐに再建されてしまいます。ここはどうしても治郎兵衛さんを亡き者にする必要がありました。
しかもひょっとすると今回の一件の一部始終を治郎兵衛さんに見られていた可能性もあります。その意味でも権左にとって治郎兵衛さんは危険な存在です。

事件後、都からは代官の配下が派遣されて来て現場を調べていきました。捜査を担当していたのは加鳥仁左衛門という、都の無頼者たちから恐れられている敏腕の手付(代官の補佐官)でした。「森桃果の治郎兵衛」といえば今や名士の一人と言ってもいいほどなので、代官としても放っておけなかったのでしょう。
今のところ放火や殺人と権左を結び付ける証拠は見つかっていないようですが油断はなりません。

数日後、治郎兵衛さんは村長の好意で村のはずれにある小さな空き家をもらい、そこに移りました。庭も無い小さな家ではありましたが、周りに空き地はたくさんあり、そこを畑にしても良いと言われています。
チュウタは巣穴に保存していた森桃果の種を治郎兵衛さんに届けました。そこで治郎兵衛さんは春になったら新たな果樹園を作ろうと決め、村人にもそう告げました。
その頃、権左は都にたびたび森桃果を売りに行き、かなりの収入を上げていました。なにせ治郎兵衛さんが森桃果を出荷できないため、権左が今は商売を独占しています。しかし春になればまた強力な商売敵が復活すると聞いて焦りました。
「治郎兵衛のじじいめ、どうしてくれようか」
さすがに村の中で放火する事はできません。それに事件後、どうやら加鳥仁左衛門は死んだ三人との関りを辿って、権左に疑いの目を持っているようでした。悪友の三蔵が口裏を合わせてアリバイ証明をしてくれたので、とりあえずは何事もありませんが、今でも配下の手代に権左を監視させている気配がありました。権左としては、監視の目が届かない村の外まで治郎兵衛さんをおびき出し、そこで決着をつけるしかありません。でも治郎兵衛さんも警戒して最近は村の外には出ないようにしているみたいです。

権左は一計を案じました。
自分が表立って動いても治郎兵衛さんを連れ出す事は難しいと判断し、第三者を引き込む事にしました。その第三者とは都の商人です。
権左は都に森桃果を売りに行ったついでに果物を扱う商人の一人を「いい話がある」と言って訪ねました。立浪屋というその商人は、治郎兵衛さんとの取引に出遅れて、森桃果をほとんど扱えていない事に不満を持っていました。
「だからよ、これからは俺があんただけに森桃果を卸してやるよ」
「そりゃ確かにありがたい話だがね」
邪魔が入らない奥の座敷に権左を案内した立浪屋は、膝の上に乗せた丸々と太った猫を撫でながら、疑わしそうな表情で尋ねました。
「あんたが森桃果を卸せると言ったって、治郎兵衛さんのとこに比べたら微々たるもんだろう。大した儲けにはならない気がするんだけどね。それはどうなんだね」
「それに関しては問題ねえよ。近いうち治郎兵衛はあの世に行っちまうからな。死人にゃ森桃果は採れねえだろ。勝ち馬は俺ってわけさ」
「ちょっと待ってくれ。それはいったいどういう事なんだ。治郎兵衛さんは病気か何かなのか」
立浪屋は肝の据わった男ではありませんでした。態度もどことなく優柔不断です。権左は商談の相手を間違えたかもしれないと思いイライラし始めました。
「立浪屋さん、よく聞きな。あんたが都で一番の商人になれるかどうか、ここが分かれ道だ」権左は立浪屋に顔を近づけました。
「俺はな、治郎兵衛が邪魔なんだ。あんただってそうだろう。だから俺があいつを始末してやろうって言ってんだよ。だけどな、あいつが村にいるうちはなかなか手が出せねえ。だからよ、あんたが村の外まで治郎兵衛をおびき出すんだ。そうすりゃ、後はおれが全部やってやる」
権左は笑って「どうだ、いい話だろう」と言いました。

権左の計画はこうでした。
都では桃の節句(雛のお祭り)を華やかにお祝いする習慣がありました。裕福な商人や身分の高い人々は、きらびやかな飾りつけと豪華な伝統料理でお客を招いて楽しませませるのが慣例です。
また祭りの風情を楽しむために、毎年、各地から多くの人が都を訪れます。
その雛のお祭りに、日ごろのお礼と近頃の災難の慰労を兼ねて、商人組合が治郎兵衛さんとタエおばあさんを招くのです。
都は治郎兵衛さんのおかげで森桃果の産地として全国的に名が知られるようになっています。それぐらいの事をしてあげても不自然な事はありません。
治郎兵衛さんはおばあさんを喜ばせるためにも、この申し出を受けるでしょう。
村から都までゆっくり移動すれば二日あまり。途中は何もない田舎の街道が続きます。どこで襲うも権左の思い通りです。
「わかった。一応、組合に話はしてみるが、望み通りになるかどうか保証はできんぞ」
立浪屋は責任を負いたくないためにそう言いましたが、権左は「ああ、とりあえず話をしてみてくれ」と気楽に答えました。権左には「上手くいくだろう」という確信がありました。
そしてその確信は間違っていませんでした。

立浪屋は商人組合に話を持っていきました。
組合は治郎兵衛さんが春からまた森桃果の出荷を再開するという話を聞いています。治郎兵衛さんとはこの先も密接な関係を維持したいと思っていましたので、雛のお祭りに招待する話には「名案だ」と賛同しました。
「送迎は任せてくれ。うちも森桃果の商いにもう少し関わりたいので、この機会に治郎兵衛さんと親しくなっておきたいと思っているんだ」と立浪屋が柄にもなく積極的に話を進めようとするので、組合幹部もやや不自然さを覚えなくもありませんでしたが、雛のお祭りはお得意さんを接待する大事な時期でもあり、多くの商人は予定外の事に関わりたくないと思っているので、立浪屋の申し出はすんなり受理されました。

雛のお祭りまであと半月あまりに迫った頃、権左が都に現れ、立浪屋を訪ねました。表向きは森桃果の卸しという事になっていましたが、もちろん治郎兵衛さんを襲撃する計画の打合せのためでした。
「村を出て半日ばかり街道を進んだところにちょっとした杉林があって、その林の中に小さな地蔵堂がある。そこまで治郎兵衛を連れてきてくれればいいんだ。なあに、あの辺りはたまに山賊も出るぐらいの危ねえ場所だ。裕福なじじいが襲われたって何の不思議もありゃしねえよ」
「権左さん、あんたはそう言うが、本当に大丈夫なんだろうね。ここまで来たら私も一蓮托生なんだ。一緒にお縄になるのは勘弁してほしいよ」
「大丈夫だ。そのためにあんたも一緒に襲われるって手はずになってるんだろう。誰が疑うものか」
「痛い思いも嫌なんだよ。怪我はしないんだろうね」
「任せておきな。この先、大事な取引先になる人を傷つけたりはしねえよ」
「本当に頼むよ」
しつこいくらいに立浪屋は権左に念を押しました。権左はうんざりしましたが「もうしばらくの辛抱だ」と思って我慢しました。

「ひどい事を考えるやつらだ」
チュウタは権左の様子がどうしても気になったので危険を承知で権左の荷物に潜り込み、都まで隠れてついて来ていました。そして床下に潜んで二人の会話を聞いていました。すると当然ながら「一刻も早く、治郎兵衛さんにこの事を伝えなければ」と焦る気持ちでいっぱいになりました。それが油断に繋がったのかもしれません。
「あっ」と思うのと同時にチュウタは脇腹に衝撃を感じました。強い力で地面に転がされたチュウタは、みるみるうちに血だらけになりました。
チュウタは立浪屋が可愛がっていた猫に襲われたのでした。猫は恐ろしい目でチュウタを睨み、ウーウーと唸っています。
チュウタは鋭い爪でえぐられた痛みをこらえて立ち上がりました。それを見た猫は、また手を振り上げました。次の一撃を食らったら確実にチュウタは動けなくなるでしょう。
「死んでたまるか」
後ろに逃げても追いつかれると思ったチュウタは、とっさに猫に向かって突進しました。猫もそれには驚いたようで一瞬、動きが止まりました。チュウタは猫の脇を抜け、全力で床下から庭先に出ると、どこか身を隠せそうな場所を探しました。しかしそんな場所は見当たりません。見ると、すぐ後ろには怒り狂った猫が迫っています。このままでは猫を振り切る事ができそうにありません。
「ええい、一か八かだ」
チュウタは立浪屋が庭に作っていた鯉の池に飛び込みました。猫はさすがに水に飛び込む気にはなれないらしく、池のほとりでチュウタを恨めしそうに見つめて、唸り声を上げ始めました。
チュウタは水中から浮かび上がってしばらくは気が抜けたように水面に浮かんでいましたが、そのうち身体のあちこちを鯉がつつき始めました。
「おいおい、待て待て。俺はエサじゃない。エサじゃないぞ」
チュウタは痛みをこらえつつ、猫とは離れる方向に必死で泳いでいきました。猫はチュウタの泳ぐ方向を見定めると、ぐるりと池を回ってチュウタが上がってくるのを待ち構えました。チュウタは絶望しそうになりました。このままではいずれ溺れてしまうか、猫に捕まるか、どちらかひとつです。チュウタは混乱しそうになりながら一生懸命考えました。
「絶対に逃げ道はある。絶対に助かる」
チュウタは自分を励ましながらこの池について考えました。たしかこの池は湧水を利用して水を循環させています。となればどこかに水の出口があるはずでした。
「出口、出口」
チュウタはそれだけを思い続けました。すると池の縁に竹を組み合わせた堰のようなものがあるのが目に入りました。ある程度の水位を超えれば竹の隙間から外に水が流れ出す仕組みです。きっとあの堰を越えれば屋敷の外の排水溝に出られるのでしょう。ですが今のチュウタにとって堰は高すぎて登る事はできそうにありません。もちろん猫が待ち構えている以上、いったん池を出て回り込むような余裕もありません。そこでチュウタは竹同士を結び付けている細い縄に齧りつきました。それでどうなるかはわかりませんが、とにかくやってみるのです。
チュウタが水中で苦労しながら一本、二本と縄を嚙み切ると、組み合わせてある竹がぐらぐらと動くようになりました。チュウタは三本目の縄を切ると、そこにできた竹と竹の隙間に身体を差し込み、渾身の力で隙間を広げようと暴れました。猫にやられた傷がこすれて痛みましたが、今はそれをかまっている場合ではありません。
「ちくしょう、ちくしょう」
チュウタは水をゴボゴボと飲んで溺れそうになりましたが、それでも諦めず暴れ続けていると、急に身体が軽くなりました。気づけばチュウタは堰の間を抜けて排水溝に出ていました。そこはすでに立浪屋の屋敷の外でもあります。
流されていくチュウタの耳に悔しそうに鳴く猫の声が遠く響いてきました。

チュウタはいったんは死地を脱する事ができました。
排水溝から這い上がると適当な民家の天井裏にもぐり込み、身体を休めました。猫にやられた傷は思ったより深く、チュウタの体力はかなり奪われていました。とても自力で村まで戻る事は不可能でした。
「だけどこのままでは治郎兵衛さんが危ない」
チュウタは朦朧とする意識の中で、そればかり考えていました。すると「チュウタ。聞こえますか、チュウタ」とどこからか声が聞こえてきました。最初は誰かに見つかったのかと思いギョッとしたチュウタですが、周りを見回しても誰もいません。次に「これは夢かもしれない」と思い、そのまま横になって目を閉じていると、ふたたび「チュウタ」と呼びかける声がしました。
チュウタは驚き「誰ですか私の名前を呼ぶのは」と声には出さず心の中で答えました。すると「以前、あなたに種をあげた者です」とふたたび声が聞こえました。
「女神さま」
「私をそう呼ぶ人もいますが、本当は山の精霊にすぎません。神様ほどの力はありませんよ」
「女神さま、助けてください。このままでは治郎兵衛さんが危ないのです」
「わかっています。よいですか、まずはあなたは動けるようになるまで身体を休めなさい。私が少し力を送るので二、三日もすれば動けるようになるでしょう」
「わかりました。そして体が動くようになったらどうすれば?」
「村まで戻るのはさすがに大変でしょう。ですから都の代官屋敷に行き、加鳥仁左衛門に権左の悪だくみを伝えるのです」
「ですが、女神さま。加鳥仁左衛門はネズミの言葉がわからないと思います。どうすれば話をする事ができるでしょう」
「任せなさい。その時だけ、あなたの言葉が人間にもわかるようにしてあげます」
どうやら女神さまにはネズミの言葉を人間にもわかるよう自動的に翻訳する事ができるようです。とすれば、治郎兵衛さんがチュウタと話ができるのも女神さまの力のおかげなのでしょう。
「わかりました、女神さま」
そう言ったとたんチュウタは急に眠気に襲われ、それから丸二日間、目を覚ましませんでした。

雛のお祭りまであと五日に迫った日、都から大勢の駕籠かきや護衛役の浪人を連れた立浪屋が村に到着しました。
治郎兵衛さんとタエおばあさんと自分用に三台も駕籠を用意したので、駕籠かきも十人以上の大人数となっていました。
立浪屋は村に到着早々、村はずれの治郎兵衛さんの仮住まいに挨拶に行きました。
「これはこれはご丁寧に。私が治郎兵衛です」
きらびやかな服を着た都の大商人の訪問に治郎兵衛さんはすっかり恐縮していました。
「こんな老いぼれに気を遣っていただき、本当にありがたい事です」
「いやいや、なんのなんの。私どもこそ治郎兵衛さんのお陰でよい商売をさせていだたいています。これぐらいの恩返しは当然ですよ」
「ばあさんも雛のお祭りなど何十年ぶりかと、大変楽しみにしておりますよ」
「それはようございました。私どもとしても喜んでいたただければ何よりです」
そう言いながらも立浪屋には権左ほどの太々しさはありませんので、屈託のない治郎兵衛さんの態度が段々と辛くなってきました。
立浪屋は「では、出発は明日の朝という事で、よろしくお願いいたします」と言うと、そそくさと治郎兵衛さんの家を出て行きました。

権左はこの日、ずっと家に籠っていました。
「細工は流々仕上げを御覧じろ、だ」
明日になれば全て片付くはずです。無用な疑いを持たれないように、立浪屋ともあえて会わないようにしていました。
「あんたが家でじっとしてるなんて珍しいじゃないのさ。腹でも壊したのい」とツヤに突っ込まれても、「俺だって家でゆっくりしたい気分の時ぐらいあらあ」と言ってゴロゴロと寝転んでいました。そんな権左を横目で見ながらツヤは大きく首を振り「救いようのない男だねえ」とつぶやきました。

翌日の朝、治郎兵衛さんとタエおばあさんは、立浪屋が用意した立派な駕籠に乗って村を出発していきました。出発前、ツヤは「ご無事でお戻りくださいね」と思いつめたような表情で治郎兵衛さんの手を握って言いましたが、治郎兵衛さんは「ツヤは心配性じゃな。ただ物見遊山に都まで行って来るだけじゃぞ」と言って笑っていました。
治郎兵衛さんの晴れがましい旅立ちに村人たちは誰一人暗い顔をしている者はありませんでした。ツヤも「大丈夫だろう」とは思っていましたが、それでも一抹の不安が消えなかったのでした。
権左も見送りの輪の端にいましたが、治郎兵衛さんたちの出発を見届けると、そのまま家に戻りました。
「俺は今日はどこにも行かねえよ」と権左は不自然なほど朝から何度も繰り返していました。

立浪屋を先頭にゆったり進む駕籠行列は、お昼頃、杉林に差し掛かりました。そして小さな地蔵堂の辺りまで来た時、急にその歩みを止めました。
立浪屋が駕籠から降りて地蔵堂を確認すると「よし、この辺りでいいだろう」と言いました。
それを聞いた後続の駕籠かきたちも治郎兵衛さんとタエおばあさんの駕籠を地面に降ろしました。そして少し駕籠から離れて立ち、立浪屋の次の指示を待ちました。駕籠かきたちは出発前に立浪屋から「途中で山賊が襲ってくるという噂がある。もし山賊が現れたら、客の事は護衛の者に任せて、お前たちはとにかく逃げろ」と指示されていましたので、少々びくびくしていました。
立浪屋はしばらく周囲の様子をうかがっていました。
打ち合わせ通りであれば、そろそろ偽の山賊が現われ襲いかかって来る手はずになっています。
「遅い」立浪屋はイライラし始めました。すると駕籠がなかなか出発しない様子なので、治郎兵衛さんが小休止かと思い駕籠から出てきました。
「立浪屋さん、ここで休憩ですかな」
治郎兵衛さんはのんびりと立浪屋に問いかけました。するとタエおばあさんも駕籠から降りてきて、背伸びを始めました。偽山賊が現れる気配は全くありません。
「何という事だ、権左のやつしくじりおったな」と立浪屋は計画がどうやら失敗したらしいと考えました。しかし「それならそれで計画は最初から無かったものと考えればよい。無理に危ない橋を渡る必要はないのだ」と思い返しました。
「ええ、少し休憩したらまた出発しましょう」と立浪屋は答えました。
その時、おばあさんが「あれ、おじいさん。向こうから誰か来ますよ」と言いました。見ると林の奥の方から十数人の男たちがこっちに向かって歩いてきます。「お、ようやく現われおったか」と立浪屋は一瞬気持ちが昂るのを感じましたが、よく見るとそれは山賊などではなく、役人でした。しかも何人かの男たちを縄で後ろ手に拘束し、追いたてています。
「立浪屋、お前が待っておったのはこやつらか」先頭を歩いていた役人が大声て立浪屋に問いかけました。縄で縛られているうちの一人は隣村に住む権左の悪友の三蔵でした。立浪屋は口も利けず、ただブルブルと震えていました。
「わしは代官の補佐をいたしておる手付の加鳥仁左衛門である。お前と権左の悪だくみはすべてこやつらが吐いた。もはや逃れられんぞ。神妙にいたすがよい」加鳥仁左衛門の言葉に立浪屋は雷に打たれたかのように身体を痙攣させ、気を失って、その場に倒れました。その極端な反応にさすがに加鳥仁左衛門も驚きました。
「おお、まさか心臓でも止まったのではなかろうな。この後も取り調べをせねばならんのに」と加鳥仁左衛門は困ったような顔をして治郎兵衛さんを見ました。
「治郎兵衛、悪いが都見物はいったん中止じゃ。村に戻ってもらうぞ」
治郎兵衛さんは事の急展開についていけず、ただボーっと立ち尽くしていました。
「加鳥様、これはいったい」
「なに、もう一人の極悪人を捕まえたら、ゆっくり話して聞かせよう。まあ、あまり愉快な話ではないがな」
そう言いつつ、加鳥仁左衛門は腰から下げていた小さな篭を外すと治郎兵衛さんに渡し「これもすべてそいつの手柄よ。まあ記録には残せんがな」と笑いました。
治郎兵衛さんが篭の中を覗くと、そこにはチュウタがいました。
猫にやられた傷も癒えてすっかり元気になっていたチュウタは、篭の縁から顔を出すと「治郎兵衛さん、ご無事で何よりでした」と嬉しそうに言いました。

朝に村を出た一行は夕方頃、加鳥仁左衛門に率いられて戻って来ました。もちろんその中には縄で縛られた立浪屋や、権左に依頼され一行を襲う役目を引き受けた三蔵の姿も混じっていました。

襲撃が失敗した事を権左が悟ったのは、何となく家の外が気になって窓の隙間から外を確かめた時でした。そこには二十人ほどの加鳥仁左衛門の配下の者たちが手に手に得物を持って権左の家を取り囲んでいました。
三蔵からの吉報が届くのをジリジリしながら待っていた権左にとって、それは賭けが失敗した事を物語っていました。
「ちくしょう。こうなればヤケだ。できるだけ暴れて、ひとりでも多く叩き殺してやる」
権左は懐から短刀を取り出すと、滑り止めとして、柄を握った手に酒を吹きかけました。
「あんた、もう諦めな。これ以上人を傷つけてどうするんだい」
ツヤがいきり立つ権左に向かってピシリと言いました。
「何だと。おめえは俺に大人しく捕まれといいたいのか。まっぴらごめんだ。どうせ捕まりゃ死罪は免れねえんだ。同じ死ぬのなら最後に大暴れして死んでやるよ」
その言葉にツヤは深いため息をつきました。
「本当に仕方のない男だね、あんたは」
そういうとツヤは権左の額に手を当てました。すると不思議な事に、権左は全身から力が抜け、その場に崩れ落ちてしまいました。
「な、何をしやがった」
不思議な術をかけられ、かろうじて首から上だけが動く状態の権左は、戸惑いと恐怖が浮かぶ目でツヤを見つめました。ツヤは子供に語って聞かせるように穏やか口調で話し始めました。
「あたしが何であんたの女房になるのを引き受けたと思うんだい。それはあんたが暴れて村の人たちを傷つけないように四六時中見張るためだよ。長年世話になった村の人たちへの、それがせめてもの恩返しだと思ったからね。でもさすがに今回の事はやりすぎだよ。あの治郎兵衛さんの命を狙うなんて、あたしが許すわけがないだろう」
その言葉に権左の顔が怒りで真っ赤になりました。
「てめえ、ずっと俺を騙してやがったんだな」
「今頃気づいたのかい。だって考えてもごらんよ。この三年で一度だって夫婦らしい事をしたのかい?よく思い出してみるといいね。あんたはいつでもあたしの掌の上で踊ってたんだよ。森桃果の種を持って帰って来た、あの日まではね」
ツヤの話が進むにつれ、権左は気味が悪くなってきました。ツヤは自分が知っている女とは違う人間かもしれないという妙な考えが浮かびました。
「おい、ちょっと待て。何だかお前は普通じゃねえ。本当にツヤか?」
ツヤは薄ら笑いを浮かべ「あたしとした事が、あれは失敗だったよ。あの種は治郎兵衛さんだけに渡すつもりだったんだ。それなのに、まさかあんたがチュウタから手に入れるなんてね」と言いました。
「おめえ、なぜあのネズミの名前を知っている」
ツヤは「まあ、落ち着け」とばかりに権左を手で制しました。
「仮にも三年も夫婦の真似事をしてたんだ。そのよしみで昔話を聞かせてあげるよ」
ツヤは少し遠くを見るような目をしました。
「最初は気まぐれでこの村に来たんだ。親を野盗に殺された孤児のふりしてさ。遊びみたいなもんだったよ」
ツヤは少女のような笑いを浮かべました。
「だってずっと山の上の小さな社に籠ってたって退屈なんだよ。たまには里に下りて来たくもなるってもんさ。ところが見ず知らずの小さな子供のあたしに村の人たちは本当に優しくしてくれたんだよ。そりゃ居心地も良くてさ。しばらくこの村で人間のふりをして暮らす事にしたわけさ」
想像を超えた話に、すっかり権左は黙ってしまいました。
「治郎兵衛さんは小さい頃からいつも山に入って遊んでたね。元気な子だったよ。あたしの社にもしょっちゅう来てたから、あたしにとっちゃ可愛い身内の子みたいに思えてね」
ツヤはそこで、うんざりしたような表情で権左を見ました。
「とにかくあたしはあたしなりに楽しく過ごしてたんだけどね。そんな時、あんたが村に帰って来たんだよ。一目見て人間のクズだとわかったね。もうあたしがどうにかするしかないじゃないか」
権左はけなされた事で我を取り戻しました。
「ちくしょう、俺はだまされていたのか。このバケモノ女に」
「なんだその言い方は。たいていの人は山の女神さまと言ってくれるんだよ。まあいいさ。この打ち明け話もここでお終い。権左、あたしの事はきれいさっぱり忘れてもらうよ」
そう言うとツヤは権左の眉間に指を当て何か呪文のようなものを唱えました。すると権左の様子が変化しました。小動物が肉食の獣に睨まれたかのように、ツヤを見て明らかに怯えています。
ツヤが面白がって権左の顔を覗き込むと、権左は半狂乱になりました。
「誰だ、誰だおめえ。おい、誰かいねえか。誰か助けてくれ。ちくしょう、俺の側に来るな。俺に触るな」
わめきちらす権左を残してツヤは外に出て行きました。そして捕り方の一人「どうぞ権左をお縄にしてください」と言いました。

その後、現場に現れた加鳥仁左衛門に向かって権左は今までの一部始終を事細かく語り始めました。ただし、そんな女など最初からいなかったかのように、ツヤとのいきさつを除いて。

治郎兵衛さんは都に戻る加鳥仁左衛門に同行し、結局、当初の予定通り商人組合の接待で雛のお祭りを存分に楽しみました。
その後は村に戻ると以前の家の跡地にまた新しく家を建て、その脇には綺麗に区画された森桃果の果樹園を作り直しました。

治郎兵衛さんとタエおばあさんに、昔のような穏やかで楽しい日々が戻ってきました。
村も森桃果の産地として長く栄える事になりました。
何もかも以前の良かった頃に戻った感じです。ただひとつ、ツヤの存在を除いては。

そう、あの事件の後、治郎兵衛さんを含むすべての人の記憶からツヤに関する部分がきれいさっぱり消えていたのです。
それでも治郎兵衛さんとチュウタは相変わらず友達同士で、時折、ほんの少量ですが酒を酌み交わしたりもします。

それより何より、近頃の一番大きな出来事といえば、突然村に現れた身寄りのないサヤいう少女が治郎兵衛さんにとても懐いてしまって、今ではすっかり家族同然になっている事でしょうか。サヤは利発で明るく、タエおばあさんにも大変可愛がられています。
治郎兵衛さんは、昔取った杵柄で、サヤに熱心に読み書きを教えていますが、サヤは何でもすぐに覚えてしまうので、治郎兵衛さんとしてはもうあまり教える事がないのが悩みと言えば悩みです。
治郎兵衛さんはサヤの事が可愛くて仕方がないので、どこに行くにも連れて歩きました。
それを見た村人たちは「よい孫娘ができて治郎兵衛さんも幸せそうだね」と笑って噂し合いました。

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