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ショートショート:最初で最後のお願い

とある日曜日。
僕は今、駅前の柱に寄りかかって人を待っている。
今日は同じ陸上部で1つ年上の先輩とデートをする約束をしているのだ。
既に約束の8時を20分過ぎているが、一向に連絡はつかない。
暇を持て余した僕は、しばらく人間観察でもしながら待つことにした。
スーツ姿のサラリーマンに、部活姿の中高生、酎ハイを片手にベンチでくつろぐ中年の男。
周りを見渡すと色んな種類の人間がいる。
と言っても世間はもうクリスマスムード。
カップルとみられる男女が仲良さそうに歩いている姿がほとんどだ。
一方で、こちらにまで緊張感が伝わるほど初々しいカップル(まだカップルではないかもしれない)もいた。
そうして待っているうちに、遠くから僕と同年代くらいの女の子が手を合わせて走ってくる姿を見つけた。


「はぁはぁ、ごめん!遅くなっちゃって!」
「大丈夫ですか?連絡つかないから、何かあったんじゃないかって心配しましたよ」
「支度に色々手間取ってたらいつの間にか時間過ぎちゃってて」
「そう言う事ですか。安心しました」
「本当にごめんね。あーもう、走ったせいで髪型崩れちゃった。最悪」
そう言いながら、先輩は前髪を整えた。
「それじゃ、行きましょうか」
「うん!」
スタートは若干遅れたが、僕らのデートが始まった。


「美味しい!ここのモーニング来てみたかったんだよね〜。ちょっと前にテレビで紹介されてさ、それから土日はすっごい行列ができてたんだ。今日は直ぐに入れてラッキーだよ〜」
「そーなんですか?俺らツイてますね」
「本当!それにね、このレストランはモーニングだけじゃなくてランチも美味しいって有名なの。だから午前中はここで時間潰してランチまで食べてかない?」
「そうですね」
先輩の提案で僕らは同じレストランでランチを食べることにした。
それまでの時間は先輩の話をひたすら聞いた。
兄弟とのおもしろ話。
部活で顧問に怒られた話。
最近友達に彼氏が出来た話。
そのマシンガントークは留まることを知らなかった。
ランチを食べるとこれまた感想が溢れ出る。
本当に面白い人だ。


「あーお腹いっぱい!じゃあ次はカラオケに行こ!」
「カラオケか〜。僕、歌とかあんまり得意じゃないんですけど」
「大丈夫大丈夫!あんなの楽しんだもん勝ちだから!それに蓄えたカロリーは消費しないとでしょ!」
半ば強引に連れられ、僕らは2人でカラオケにやって来た。
緊張する僕をよそに、先輩はすこぶるノリノリだ。
「カラオケにはよく来るんですか?」
「放課後に友達とたまにね」
先輩は慣れた手つきでデンモクを操作し、早速1曲目を選択した。
画面に表示されたのはなんと、イルカのなごり雪だった。
あまりにも意外な選曲に思わず僕は笑ってしまった。
「何で笑ってんの?!」
「いや、意外だったからつい」
「よく言われる。でも私の十八番なんだよ!」
先輩の言った通り、選曲は意外だったがこれが何とも上手かった。
カラオケが上手いのではなく、歌が上手いとはこういう事かと理解した瞬間だった。
「ねぇ、どうだった?」
「すっごい上手かったです。鳥肌が立ちましたよ」
「ふふん、でしょ〜?」
僕の感想に先輩は満足そうな表情だ。
それから僕らは交互に歌い、気づけば2時間が経っていた。
「そろそろ出ようかな」
「次はどこに行きたいんですか?」
「買い物!寒くなってきたからさ、冬服が欲しくって。」
「じゃあ、ちょっと遠いけどアウトレットに行きませんか?」
「さんせーい!」
退店した僕らは駅へと戻り、10駅先にあるアウトレットへと向かうことにした。


「はぁ〜、やっぱりアウトレットはいいねぇ。可愛い服が可愛い値段で買えるもん」
まるで子供のようにキラキラした目で洋服を眺める先輩。
「何を買うかは決まってるんですか?」
「うん!セーターを買うつもりだよ!」
「じゃあ僕も一緒に探しますね」
そうして、僕らは手当たり次第店に入ってはセーターを見て回った。
「これはどうですか?」
「うーん、ちょっと趣味じゃないかな〜」
「これは?」
「あ!それいいかも!ちょっと試着してみてもいい?」
「はい」
試着室前で待つこと数分。
目の前のカーテンがシャーっと開いた。
「どうかな?」
「めちゃくちゃ似合ってます!先輩の為に作られてるって感じです」
「本当?!じゃあこれ買おうかな。うーん、でもな〜」
「どうしたんですか?」
「本当はセーターを買うつもりだったんだけど、途中で見つけたマフラーがすごく可愛かったの。でもちょっと高いから、両方買うとお金が足りないなって思って」
「じゃあ僕がマフラーを買いますよ」
「え!ダメだよ!そんなつもりで言った訳じゃないから!」
「大丈夫です。早めのクリスマスプレゼントって事で」
「本当にいいの?」
「はい」
「やったー!大好き!」
やっぱり一緒にいる人には笑顔でいてほしい。
その想いで僕は先輩にマフラーをプレゼントした。

時間はあっという間に過ぎ、空には夕陽が沈みかけていた。
「本当にごめんね。今更ながら申し訳なさが湧き上がってきた」
「いいんですよ。僕がしたくてした事なんで」
「本当に優しいね」
「そんな事ないですよ」
少し照れながら目を逸らした僕。
しかし、夕陽に照らされた彼女が僕を見つめていることには気づいていた。


「暗くなってきたし、そろそろ帰りましょうか」
「うん、そうだね」
そう返す彼女の顔が一瞬だけ寂しそうに見えた。


最寄駅からの帰り道、朝とは打って変わって静かな空気。
何か話題をと考えていると、いつの間にか先輩の家の前に着いていた。
「あー楽しかった!」
突然明るい声で先輩が叫んだ。
「楽しめました?」
「うん!最高だったよ!」
「そっか、それならよかったです」
「もう、悪いのはこっちなんだから!あ、このマフラーはこれから大事に使わせてもらうね!」
僕は何も言えず、ただただ先輩の顔を見つめていた。
そして笑顔だった先輩も、徐々に落ち着いた表情に変わっていった。
「ごめんね。今日1日連れ回しちゃって。疲れたでしょ?」
「大丈夫です。僕も久々に遊んで楽しかったんで」
「こんな美人とデート出来るなんて、君は幸せ者だな!」
「ははは、本当ですね」


「…今日は本当にありがとね。人生で1番の思い出になったよ」
少し間が空いた後、震え声で先輩は言った。
「じゃあ、またね」
そう言って玄関へ向かう後ろ姿に、僕は聞かずにはいられなかった。
「あの!満足、できました?」
「うん!とっても!これでやっと諦められるよ、君のこと」
そう言って振り返った先輩は、満面の笑みで泣いていた。


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