アスペルガーの人は 一つの価値観にしばられることで ある日突然崩壊する

友人からおもしろいと聞いたゲームをやってみる。

あるいは、好きな人と食事に行って楽しい時間を過ごす。

そういう時間のあとに、自分のやるべきことができていないことにものすごいストレスを感じる人がいます。

誰でも、試験勉強をしなければならないのについマンガを読んでしまうとか、飲みすぎて翌日の仕事に響いてしまい後悔するという経験があるでしょう。

それでも、だいたいの人は「自分ってダメだなあ」と思いながらも、「まあ、仕方ないか」と自分の中の矛盾をそのままにしてやりすごせるものです。

ところが、アスペルガーの人の場合は違います。

何かの邪魔が入ることによって自分のやるべきことができないと、自分を強く責めます。

そして、それが何度か続くと耐えきれなくなり、邪魔になる対象を徹底的に排除しようとします。

これはなぜなのでしょうか。


アスペルガーの人が自分のやるべきこと以外を排除する理由


それは、自分の目標が絶対であり、それ以外のことはムダなこと、価値の低いこと、優先度の低いことだと考えるからです。

つまり、それらのことに時間を使うことは堕落や怠慢ということになります。

自分の目標に役立つことだと思えばやる、ムダなことだと思えばやらない、という選択軸に従って行動を取捨選択します。

時々はバランスを取って他の人の誘いに付きあうとか、単なる楽しみとしてどこかに行ってみるといったように、ルールを外れることがむずかしいのです。


このルールは子どもの頃からの積み重ねにより作られる


なぜそのようになるかというと、それは子どもの頃からの経験の積み重ねにより確立されます。

アスペルガーの人は、子どもの頃から他の子に関心がなかったり、うまく仲間に入れなかったり、一緒に楽しく遊べなかったりします。

そして、ごく少数の友達と付きあったり、一人で時間を過ごす方が好きになります。

外の世界に出て他の人とかかわるといやなことばかりだけれど、自分の得意なことに熱中する時だけは安全です。

そして、それを極めていく楽しさの虜になっていきます。

勉強であれ、絵を描くことであれ、何かに集中していれば周りの人より優れた成果を出せるので、他者からも評価されます。

そうするとますます楽しくなり、自分でどんどん高い目標を定めてレベルアップしていきます。

自分の得意分野では絶対に負けたくないと競争心を持つこともあります。

そして、自分の持てる時間は可能な限りそのことに注ぎます。

息抜きとしてそれ以外のことに多少の時間を使うことはあっても、基本的には時間をムダにしている、サボっていると感じます。

一番重要なことに時間や力を使う上で妨げになるものだからです。

一つのことに集中している時には他のことに興味がなく、さらに他の人との交流が少ないため、余計に興味が移る機会もありません。

また、いろいろなことを器用にバランスよくやることは苦手なので、一つのことをやりたければ他のことは捨てるという発想になるのです。

そして、時間の経過により集中する対象が変わることはあっても、目標を設定してそのことだけにすべてを注ぐというスタイルは変わらず、そのまま大人になります。


一つのことに集中することはいいこと?


これは一見いいことにも見えます。

実際、一つのことに集中することにより、他の人より大きな成果を上げることも多いからです。

順調に社会的評価を受け、自分も満たされているうちは、潜在的な問題があったとしてもそれが表面化することはありません。

問題が起きるのは、自分がすべてを注いだことが何年も実を結ばなかったり、情熱が続かなくなって挫折した時です。

その時、それまで他のことすべてを犠牲にしてやってきているため、他に興味を持てること、楽しめること、好きなことが何もありません。

また、仲間も自分が熱中していた分野の人以外にはほとんどいません。

となると、逃げ場がどこにもないのです。

多少の楽しみや人とのつながりはあるとしても、自分にとってそれまで一番だったことに比べると、到底代わりになどなり得ません。

すると、何に対してもやる気や興味がわかず、気分が落ち込みます。

自分は他の人々が達成できていることを、持てるすべてを注ぎ込んでもなお達成できない、ということに無力感を感じ、自分は無価値だ、人生は無意味だと思うようになります。

この状態が続くと、うつ病など心の病になることもあります。


心が崩れてしまう前にできることはあるの?


心のバランスを崩す前にどうしたらよいのでしょうか。

正直なところ、挫折する前に対策をすることは難しいと思います。

なぜなら、「自分にとって一番大切なことに集中して自分を高める」というフェーズにいる時には、他のことに注意が向かないからです。

ですので、普段からいくつか趣味をもっておきましょうとか、友人やパートナーを作っておきましょうというアドバイスが耳に届くことはそもそもないのです。

また、一つのことに集中して能力を磨くことで成果を上げたり、達成感を得たりする経験には確かに意味があり、無理に止めることでもありません。

ですから、何かに集中する時は集中しておいて、挫折してから対処していくしかないでしょう。

つまり、挫折した時が自分の価値観を広げるチャンスということです。


価値観を広げるとはどういうこと?


価値観を広げるというのはどういうことかというと、今ある価値観を否定して変えるのではなく、新しい価値観を追加して受け入れるということです。

たとえば、「自分の人生の中で仕事で大きく成功することが最も重要だ」という価値観を軸に生きてきたとします。

そうすると、「仕事で成功できない自分は存在価値がない」「仕事で成功しなかったらこの人生は無意味だ」ということになってしまいます。

しかし、人間の価値や生きる意味はそれだけではありません。

「仕事での成功が最も重要だ」と思い込んでいる時には、他の価値観を認めることは「負け」や「逃げ」、「弱さ」の表れのように思えます。

その固定観念が新たな価値観を受け入れるのをむずかしくしているのです。

仕事では大きく成功していなくても、家族に貢献することで幸せに暮らす人もいれば、趣味を生きがいにする人もいます。

ボランティアで人の役に立つこともできますし、たくさんの友人と楽しい時間を過ごすことで幸せを感じる人もいます。

一つの価値観にとらわれている時には、そういう人がいるのはわかるけど、自分とは別の世界の人たちだ、と感じるものです。

挫折した時には、こうした別世界の人々の生き方に共感できるところはないかを探します。

自分もこういうことに幸せを感じられるかもしれない、と思えるところです。

そうして、たとえばパートナーや家族と時間を過ごすことも自分に幸せをもたらしてくれると思ったら、ルールをゆるめてその人たちと気兼ねなく時間を過ごしてみる。

無心になって体を動かすことですっきり前向きな気持ちになれると思えば、少しだけやってみる。

それまでの絶対の価値観に匹敵するようなものがすぐに見つかるとは限りません。

それでも、異なる価値観のシャワーを浴び続けていくことで、「人生は仕事の成功だけではない」「他にも幸せを感じられる場所、自分の輝ける場所がある」と新たな価値観を自分の中に取り入れることができるようになっていきます。

複数の軸を持つことで、人生の選択肢が広がります。

一つの道がだめなら別の道、としなやかに生きられるようになるのです。


(この記事は2018年に書かれたものです)

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