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出発当日のドタバタ劇

世界一周出発の日はパニックだった。飛行機に乗り遅れそうだったのだ。

もちろん、準備は一ヶ月くらい前から着々と進めていた。部屋は引き払うことにしたので、管理会社に出発当日に退居の立ち会いをお願いした。家財一式は帰国後のために取っておきたかったけれど、一年間倉庫に預けるより手放したほうが安かったので、やむなくそうすることにした。エコではないけれど。

買い取りに出せるものは箱詰めして送り、自治体で資源やごみとして回収してもらえるものは複数回に分けて少しずつ出した。ベッドや洗濯機などの大きいものや出発直前まで使うものは、最後の日に不用品処分業者に引き取りに来てもらえるよう依頼した。

さらっと書いたけれど、これは言うほど簡単じゃなかった。今、あなたの部屋にあるものをすべて思い出し、それらを一つ一つ仕分けして処分することを想像してみてほしい。

これは持っていくのか、いかないのか。持っていかないなら残すか、処分するか。残すならどこにどうやって置いておくか。処分するなら知人に譲るのか、業者が買い取ってくれるのか、無料で回収してくれるのか、はたまたお金を払って引き取ってもらうのか。もうそれはそれは膨大な量の調査と判断と手作業なのだ。

持っていくものだって、ちゃんとリストアップして揃えていた。ただし、これも一週間の旅行と世界一周とでは勝手が違う。期間が一年ともなると、もはや旅行ではなく移動生活だ。現地で都度調達する布団や食料以外の生活用品は大体いる。なにせ安宿にはシャンプーやタオルなどの「アメニティグッズ」はないのだから。

かさばる冬服を運ばなくて済むよう、北半球も南半球もなるべく暖かい時季に回れるように予定は組んだ。とはいえ、熱帯雨林や砂漠もあれば、寒冷な高緯度地域や高山地帯もある。登山用のトレッキングシューズやダイビング用の水着もいる。旅行しながら先の目的地の調査や手配を行うためにノートPCも必要だ。そんな具合に、どうしてもあれこれ持っていこうとしてしまう。

そして迎えた出発当日。最終的に残ったものはすべて不用品処分業者に引き取ってもらうつもりだった。ところがどっこい、キャリーケースに荷物を詰め終わる前に業者がやってきた。前日までにやっとけよ、という話なのだが。

キャリーケースに収まるかどうかわからない、おそらく収まらないであろうものたち。でもこの時点ではどこまで入るかわからず、入らなければどれをあきらめるかも決めていなかった。そういうわけで取りあえず残しておいてもらうしかなかった。

そしていざキャリーケースに押し込んでみると…うん、やっぱり入らない。機内持ち込みの手荷物にするのも到底ムリだ。これが部屋を引き払って出国する前でなければ、大した問題じゃない。持っていけないものは置いていくだけだ。

でも、わたしには置いていく場所がないのだ!!

どうしよう。もう午後になっていた。近くにごみ出しを頼める知人はいない。実家へ送ろうにも、箱を用意して詰めて発送して戻ってくる時間はない。ものが残っていては退居の立ち会いでOKが出ない。その辺に放置するのはいくらなんでも無責任すぎる。というか、不法投棄というれっきとした犯罪だ。必死で方法を考えては検索し、また考える。

その前日、パソコンなどの精密機器を実家へ送るために専用の宅配便の集荷を依頼していた。それが翌日、つまり出発当日の14時以降にしか来られないとのことだった。ただ、それは精密機器専用の箱なので他のものを一緒に入れることはできない。それなのに14時には受け渡しのため家にいなければならず、その前に郵便局やコンビニまで発送しに行く時間はない。

しかも「できるだけ早めに行く」とは言ってくれたけど、何時までに来るという保証はない。家を出るタイムリミットは16時半。そう、前日の時点ですでに飛行機に間に合うよう出発できるか綱渡りの状態だったのだ。その上、インターネット回線のモデムを回線業者へ返送し、携帯キャリアを解約するというタスクまで当日に残していた。

そんなあれやこれやが次々と頭の中をぐるぐると巡り、飛行機を逃したらどうしようという焦りと、自分が情けない気持ちとで泣けてきた。こんな大事な日にまでこのありさまだ。いや、大事な日だからこそやることがたくさんあって手に負えず、いつもこうなるのだ。

だけど泣いたところで何も解決しない。ひとまず冷静になる。がらんとした部屋は妙に静かで音が響いた。まだかまだかと何度も窓の外やスマホをチェックしながら待っていたところへ、ついに集荷の人が来た。

まだ間に合う!

他にも送りたいものがあることを相談すると、「この箱の空いてるところに入れちゃえばいいんじゃないですか?」ということで、あっさり解決した。

心配事は杞憂に終わり、退居の立ち会いとモデムの返送を済ませ、空港で携帯キャリアの休止手続きもして、どうにか飛行機に乗り込むことができた。それもこれも、日本の宅配業者や郵便局、携帯ショップや鉄道なんかが非常に便利に整っていて、信頼性も高いから助かっているわけで、他の国だったら同じように事が運んだかどうかわからない。

もしもう一度、部屋も家財も手放して旅立つ日が来るなら、今度は前日に部屋を出て宿で一泊することにしよう。


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