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Moon Sick Ep.12

『そんなはずないだろ』ってわかっているつもりなのに、『もしかするとそうなのかもしれない…』と思考が感情に引っ張られそうになる感覚は、実を言うと頻繁にあった。 

あの頃の俺はと言えば、高校に入って付き合い始めた彼女と、電話してから寝るのがルーティンのようになっていた。その日もいつものように、ベットに寝転がりながら喋っていた。

すると、姉がノックと同時に部屋のドアを開けた。『ノックの意味、知ってる?』って思いながら振り向いた。

姉は、ひと目見れば、俺が電話中だってことがわかりそうなものなのに、お構いなしに入って来る。

『出てってくれない?』と手で追い払うようなジェスチャーで伝えると、姉は、ムッとした顔をした後で、うつぶせでしゃべっていた俺の背中に、勢いよく倒れてきた。

「うっ!」
急に体重を掛けられて、思わず声が出た。
「どうかしたの?」
彼女が聞いてくる。
「いや、あの、うちのバカ猫がさ、急に乗っかって来てさ」
今度は背中を叩かれた。
「イテッ」
「大丈夫?」
電話の向こう側で、彼女が心配そうに聞いてくる。
「ああ、うん、もう全然、大丈夫……」

そう答えたものの、一向に出ていこうとしない姉に、気が散って会話どころじゃなくなっていた。そもそも、彼女との会話を、身内に、背中越しで聞かれていることほど恥ずかしいことは無い。

俺は、泣く泣く電話を切ると、さっきのおかえしに、姉を足で軽く蹴った

「痛っ」
「何してんの?」
「何もしてないじゃん!」
「いや、今、思いっきり電話の邪魔してたよね?」
「うん?」
「いや、うん?じゃなくてさ」
「散歩に行こうかと思って…」
「もう夜だよ?」
「うん、だから、あんたを誘いに来たんだけど…」
「俺、もう寝るとこなんですけど?」
「うん、でも、まだ起きてるよね?」
「起きてるかもしんないけど、もう寝るとこなんだって…」
「じゃあ、パッと行って、パッと帰ってこよう!」

相変わらず、人の都合はおかまいなしだ。
世の中の姉と呼ばれる人たちは、みんなこんな風に弟の話を聞かないのだろうか?

「行かないよ」
「なんで?」
「もう眠いから…」
「アイス買ったげるから…」
「全然いらない…」
「あんた、アイス好きじゃなかった?」
「好きだけど、もう今日は寝るからいらない」
俺は、そう言うと、ふとんを頭から被った。

「わかった、もういい」
そう言うと、姉は部屋を出て行った。
ようやく寝られる、と思っていた時、玄関が開く音がした。両親は、もうとっくに寝ている時間のはずだ

あわてて、窓から下を覗くと、玄関から姉が出てくるのが見えた。

何してんだ?
まさか、1人で行くつもりか?

俺は、スウェットの上から、コートを羽織ると、急いで、姉を追いかけた。

「待てって!」
「寝るんじゃなかったの?」
「なんで、こんな時間に1人で出掛けるの?」
「だって、ほらっ、見て!」

そう言って、姉が指差した先には、白い月があった。

「こんな夜に散歩しない手はないわ!」
「だからって、1人は危ないだろ?」
「じゃあ、ついてきてくれる?」
「嫌だよ!もう眠いし…」
「じゃあ、帰りなさいよ」

堂々巡りが終わらないまま、俺たちは、言い争いをしながら歩きはじめた。途中にあったコンビニでアイスと飲み物を買うと、家の近所にあった公園に向かった。

公園は、ちょっとした高台にあって、眼下に立ち並ぶ家々を見下ろせる場所にあった。

すべり台のてっぺんから見下ろすと、まばらに灯る家の灯りが見えた。見上げれば、月あかりに照らされた星々の灯りが広がっていた。

この公園は、姉のお気に入りの場所だった。
何度となく、夜の散歩に連れ出されるたび、この公園の滑り台のてっぺんで、休憩するのが、俺たちの散歩のルーティンになっていた。

そして、大抵、そこで始まるのだ…。

姉が、俺だけに話す、あの月での話が…。


【御礼】ありがとうございます♥