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見返りを求める

毎日冬の名曲を聞いていたおかげかようやく寒くなってきた。最近ハマっているドライブも、そろそろ凍結や降雪の注意をしなければならないので行ける範囲も狭くなってしまっている。

午前中は雨だったけど車乗った瞬間晴れた日


寒くなってきたということは年末が近づいてきたということで、忘年会シーズン到来だ。学生としては年の瀬というよりクリスマスの方がイベント感が強いので、クリスマスパーティーの方が多いかもしれない。
2年生から活動しているゼミでも去年、一昨年とクリスマスパーティーをやっていたわけだが、今年はなんと他学年の参加者がほぼゼロということで中止になってしまった。直近だとフラれた時くらいショックだった。
僕としては、3年生にはビジネスコンテストの指導で比較的話す時間も去年より増えたし、2年生も学園祭で一緒に思い出を作れたので来てくれるものだと思っていたが、人生そう簡単には行かないらしい。

よく考えると、どこか自分の行動に対して見返りを求めていたのではないかと思った。
普段からサポートしてるから来てくれるはず、一緒に学園祭やったりゼミの時間に顔出てるから来てくれるはず、先輩たちが企画してるから来てくれるはず、
そんな見返りが今自分にショックとして返ってきている。

自分だったらあまり乗り気じゃなくても前もって企画してくれていたら行くのにと思いつつ、歳を重ねるにつれて自分の気持ちに素直になることを忘れていたのかもしれないと感じた出来事だった。

さすがにこれでは開けない。
ごめんよ2人…


なにかをやってくれたお礼にこちらがなにかお礼をする、この動きはもちろん人間関係を構築していく上では必要なことだろう。
しかし労力やその行動の価値の認識がお互いで一致していない場合今回のようなことになるのだと思う。こちらが思っている以上に相手は僕の行動に重要性や価値を感じていないことなんてたくさんある。なので結局どれだけピュアな心で、純粋に相手の力になってあげたいという気持ちを原動力にして行動するのが1番なのかもしれない。

高校時代のボランティア
この時の真っ直ぐな心もまた、大学で忘れてしまったか

僕自身はケチなのでお礼は最大限の感謝の言葉という免罪符を持っているのだが、逆にケチな僕がなにかのお礼でものやお金をあげた時はめちゃくちゃ感謝していると思って欲しい。
ちなみにこんな小さなことでお礼なんかいらないよ、ということに対してお礼をされると簡単に好きになるのでもしこれを見ている人でお金や気持ちに余裕がある人は実践してみてほしい。


他人のために尽くす、そんな仏のような心を持たないとなと思いつつ、今日もクリスマスソングを弾いている。

クリスマスまであと1週間。
大晦日まであと2週間。
来年もよろしく願いします。

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