なぜ写真は残すのに、想いは残さないんだろう〜 『書く習慣』のイベントに参加して思ったこと。
今日は久しぶりに7時起きで朝渋のイベントに参加してきました。
イベントレポなんて大層なことはできないけど、
参加して感じたことをつらつらと書いていこうと思います☺
『みんな写真は残すのに思いは残さないんだろう』
確かに......!と思わずつぶやいてしまった。
写真なんて呼吸をするかのごとく撮っている。スタバのコーヒーなんて何回行ってもコップは変わらないのに、何故か嬉しくて毎回撮ってしまう。でもその時の気持ちを残したものは殆どなかった。日記をみても「TO DOリスト」はあるのに、「やったこと」は書いてあるのに、そのときに思ったことが全然思い出せない。
実際に私がこの本を読む前に書いた最新のnoteは2021年2月のものだ。
(公開したのは2月だけど、書いたのは2020年7月だった)
この1年、転職をして、引っ越しをして、結婚もして、東京オリンピックだってあったのに大事な場面の気持ちを全然覚えてない。(辛い)
それに気づいた今日はとても寂しい気分になった。
そして、自分の中に生まれた小さいことも未来の自分のために書いていこうかなって思った。
自分語りは恥ずかしくない(人に見られない前提で書く)
今までのnoteだって、人に見られることを前提に書いてきた。
だから、「〜のだ」「なのではないだろうか」なんてちょっとかっこいい言葉を使ってきた。(のだ)
恥ずかしいけれどは私は自分語りが大好きだ。
じゃあ、自分の手帳にかけばいいじゃん。noteを下書きのままにして他の人に見られないところに書けばいいじゃん。と思われるだろうけど、
自分の気持ちに共感してくれたら嬉しいじゃない。
いいねもらったら嬉しいじゃない。みんなそうじゃない?
だから公開くらいさせていただきたいと思う。
「有名人でもないのに何いってんのw」「THE普通OLが自分の意見を書くなんておこがましいわ」と思う人もいると思う。
それでも、自分が思ったことは外に出さないと消化できないから、ちょっとかっこいい文章にしたり、Howtoにつなげたりしてすこしずつ書いてきた。
今日のイベントでゆぴさんが「自分語りは恥ずかしくない」っておっしゃっていて「あ、そんな難しく考えなくていいんだ」って気持ちが軽くなった。
自分の考えを書くことで「くっそ寒ワロタwwww」って思う人もいると思うけど、「あ、同じ感覚の人がいるんだ」って思ってくれる人がいるかもしれないんだなあて思ったら、少し恥ずかしい自分語りをしてもいいかなと気楽な気持ちになりました。
明日はなにを書こうかな。
おわり!
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