『パン焼き魔法のモーナ、街を救う』感想
『パン焼き魔法のモーナ、街を救う』T・キングフィッシャー 早川書房
児童書でファンタジーで、ネビュラ賞やローカス賞などを立て続けに受賞したお話。
児童書だと聞いていたので、冒頭からびっくりしました。
後書きによると、冒頭の部分に編集から物言いがついたようですが、それを作者がごり押したようですね。というのも、児童書なのにいきなり死体の描写から話が始まるから。
とはいえ、死体の様子を微に入り細に穿って描写しているのではなく、死体があった、どんな死体だった、とさらりと書いているくらい。こちらの頭の中で児童書とはこういうものだという先入観があったからびっくりしたのですが、考えてみれば私自身が子供の頃に読んでいたお話がどうだったかというと、それくらい普通に書いてたよな。
あの頃読んだ、子供向けにアレンジされたミステリにしろ、そもそも昔話にしろ、いわゆる残酷なシーンが出てこないお話ばかりかと言えばそういうわけじゃないですよね。
そういう話に触れたからと言って情緒不安定になるわけではないし、将来について悪影響があるわけじゃない。たとえばそう言うのが出てくる本を読んでいる子がみんな犯罪を犯すわけじゃない。
もちろんとても敏感な子だっているでしょうし、そういう子への配慮は必要でしょうが、児童書だからといって死体が出てくるのを排除しなくてはいけないなんて、それはそれでナンセンス。
そういうわけで、キングフィッシャーは冒頭は削らなかったそうですが、それでよかったと私も思います。
というような後書きでも書かれているようなことは置いておいて。
このお話は魔法使いが普通に暮らしている世界のお話。
というのも、魔法は特別な力ですが万能ではなく、何でもできるわけじゃない。一人一人得意な魔法は違うし、力の強さも違う。人間は誰しも得意不得意があり、好き嫌いがあり、そういう個性の一つとして魔法があるという世界だから。
そしてモーナの魔法は、パンを焼くときにお役立ちな魔法です。たとえば美味しいパンを焼くだとか、焼いたクッキーをちょっと動かすことができるとか、そういう魔法。
しかし少しずつ街は変わっていきます。
魔法使いは特別な力を持ち周囲に害をもたらすものと考える人がいますが、ただそれだけであれば好き嫌いですむ話。しかしその人は大きな声で魔法使いを糾弾するのです。
最初のうちはノイジーマイノリティーだったその声が次第に大きくなり、街の異端審問官はどんな小さな力であれ魔法を持っているものを捕らえるように命じたことで、モーナの生活は一変します。
そのうえモーナたちの街へ他国が攻め込んでくると言う情報がもたらされましたが、偉大なる魔法使い率いる軍は遠く離れたところへ進軍しており街には魔法使いはモーナだけ。
果たしてモーナは街を護ることができるのか。
ちょうどこれを読んだ頃、同時進行でTIGER&BUNNYのNEXT(簡単に言えば超能力)を持っている人たちが排除されるところを見ていました。私たちの社会に置き換えると、その者の持っている能力、属性による差別のようなものですね。
そして、世界で起きている戦争の情報もある程度ではありますが、読んだり見たり聞いたりしています。
児童書とはいえ、このお話はそんな世界の様々な問題をも内包していて、ジュブナイルやビルドゥングスロマンという言葉でさらりと形容できるようなお話ではなかったな。
パンを焼くときにしか役に立たない魔法を持つ、逆に言えばその魔法しか持たないローティーンのモーナが、どうやって街を護るのか。
単に強い魔法があるというだけでなく、どのように魔法を使うか、ひいては自分の持っているもの(力、知識、人とのつながり、そのほかにもいろいろ)をどのように使うか。
そういったことをいろいろと考えさせられるお話。
途中途中でとても苦い思いをするところがありますし、結末だって「そうしてモーナは幸せに暮らしました。めでたしめでたし」というわけではありません。児童書とはいえ、容赦のない部分もある。
けれど本当に面白いお話は、子供も大人も関係なく読めて面白いと思えるお話ではないかと思います。そしてこのお話はまさにそういうお話だと思うのです。
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