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『同志少女よ、敵を撃て』感想

『同志少女よ、敵を撃て』逢坂冬馬 早川書房 2022/10/27読了。

『同志少女よ、敵を撃て』逢坂冬馬/早川書房/(表紙画像は版元ドットコム様より)

2022年の本屋大賞を受賞したこの本は、発売前からかなり話題になっていました。
アガサ・クリスティー賞大賞受賞作でもあるため、選者の方々の評や、ゲラ読みの段階での書店員さんの評がとても良かったんですよね。
出版されてからも感想はあちこちで目にしていましたが、ようやく読むことができました。

このお話は第二次世界大戦中のソ連の少女が主人公。独ソ戦の最中に、ひとりの少女が狙撃兵となり、女性ばかりの狙撃兵小隊として戦場に赴き、狙撃兵として生きるお話です。
もっとラノベっぽい感じかなと想像していましたが、実際の資料に当たり、ロシア語ロシア文学研究者である実姉・奈倉有里氏の協力も受け書かれた本作は重厚で、胸に迫ってくる大作でした。

正直に言って、もっと早くに手に取っていれば良かったと思いました。
このお話が、普通にフィクションだった時期に読めていたら、と。

このお話が書かれたときにはこのお話の舞台は過去でしたが、いまでは現在進行形になってしまった。
現実に根差したフィクションであり、エンタメであったはずが、いまでは現実になってしまった。

独ソ戦が舞台ではありますが、ソ連を構成する小国のことにも触れられており、まさにロシアとウクライナのことが登場人物から語られたりもするこのお話。
緻密な描写により迫ってくるこのお話の世界と、ニュースで、SNSで漏れ聞こえてくる現実の世界とがシンクロし、主人公のセラフィマが体験しているあれこれがすぐ近くで展開されている出来事のように思えてしょうがありません。
砲撃、戦車による市街地の蹂躙、兵士たちの振る舞い、その他にもいろんなことが、いまにも戦地で繰り広げられていることそのものではないか、と考えずにはいられないのです。
それらは過去の、もう遠くなってしまった世界のお話だったはずなのに、他人事ではないんだと喉許に突きつけられているような感じがするのです。
情緒をぐちゃぐちゃに揺さぶられるような、そんな感じ。

そんなふうに重い本書ですが、重苦しいだけではありません。退屈なわけでもありません。
文章は簡潔で明瞭。そして淡々としており、抑制的でもある。
しかし様々な描写はとても細かく、抑制的であるがゆえに、戦場の描写が真に迫ってくるのです。

このお話は、凄惨な場面の描写が苦手な方にはお勧めできません。
抑制的でありながら明瞭な文章で、凄惨な戦場についても描写しているからです。
けれど、そういうシーンが苦手ではない方、苦手は苦手だけど読み進めることはできる方、オンオフのスイッチを自分でつけられるため少々の描写ならば大丈夫という方たちには、ぜひ読んでほしいお話です。

そしてこのお話の評判が聞こえてきたとき、面白かったとか良かったとか、そういう話に紛れて多くの方が呟いていたのは、百合小説だったということ。
それも、このお話を読んでみたいと思った大きな要因でしたが、実際に読んでみたところ、情緒がぐちゃぐちゃなところにどストレートに上質な百合をぶち込まれたような心地がしました。
一言で言うと、良い百合だった。

最初の方で私は、このお話はエンタメのはずが現実になっていた、という主旨のことを書きました。
しかしそのなかに丁寧に織り交ぜられた登場人物の心の揺れ動き、感情の向かう先、たどり着いた先、そういったもろもろのものが、このお話をしっかりとエンタメに帰着させたのではないか。
そして、露宇戦争が勃発したにもかかわらず、この話がきちんとエンタメとして本屋大賞を受賞するに至ったのではないかと思います。

『同志少女よ、敵を撃て』
まだ未読の方がいらしたら、ぜひ読んでいただきたい一冊です。

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