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『落下の解剖学』感想

『落下の解剖学』2024/3/3鑑賞

舞台は雪山。標高の高い人里離れた雪山の山荘で、視覚障害のある少年が愛犬と一緒に散歩から戻ってくると父親が家のすぐそばに倒れていた。おそらくは屋根裏あたりから落下したと思しき状態で。
彼の妻——少年の母親が殺人罪に問われたが、彼女はなにも目撃していない証言する。唯一の証人は視覚障害の少年だけ。果たしてこれは事故か、殺人か、自殺か。

というチラシにあったあらすじを読んだ段階では映画を観に行く気はなかったんですよね。なぜだか私のミステリ好きのアンテナには引っかからなかったので。
が、これもまた口コミで、ミステリではなく法廷劇が主で、弁護士役のスワン・アルローが良いと聞き観に行くことにしました。

この映画はフランス映画ですが、映画の中ではフランス語と英語が混在しています。というのも、舞台はフランスですが主役のザンドラ・ヒュラーの役回りが、ドイツ人でフランス語が苦手。普段は家族内では英語で話しているという設定だから。
この家族はもともとイギリスで暮らしていたけれど、いろいろあって夫の故郷であるフランスの山間部に越してきた、ということなのです。

つまり主役の彼女はフランス語が苦手なのにフランスで行われる裁判で戦わなければならないドイツ人女性。
この思ってもみない苦境で彼女が頼るのが、昔の友人で弁護士であるヴァンサン(スワン・アルロー)。

ヴァンサンは単に彼女の弁護士でなく、彼女の騎士のように振舞っていて、それが私はとても好きでした。
彼女と二人で話しているときの繊細そうな表情と、法廷での怜悧な表情の移り変わりも良かったし、彼女と二人で話しているときも、彼女の友人としてのヴァンサンと彼女の弁護士としてのヴァンサンが目まぐるしく現れるのがとても好きでした。
彼の出る映画をもっと見たいと思ったのですが、彼はこれまではテレビシリーズの方が多いみたいなんですよね。もっといろんな映画に出てほしいな。

『落下の解剖学』はパルムドールを受賞したとのこと。わかりやすい起承転結はなく、アクションシーンがあるわけでもなく、会話が中心の映画なんですが、緊迫感がありずっと作品世界に引き付けられて目が離せない映画でした。
視覚障害を持った少年ダニエルを演じるミロ・マシャド・グラネールも良かったです。母を信じているし信じ続けたいと思っているし、でも事件をきっかけに自分の知らなかった父母のいろんな面を否が応でも目にすることになった少年の、必死で、でも何が真実なのかわからなくなって揺れ動く表情や仕草が良かった。

主役のザンドラ・ヒュラー。フランス語が苦手であるゆえに、法廷で言いたいことがすぐに出て来ずに戸惑ったり、困惑したり、内心苛立っているであろう表情が私には印象的でした。そして、法廷から出て、ヴァンサンやダニエルと話すときのリラックスした表情との違いも。
この映画を観ながら、ずっとこの人は見たことがあるって思ってたんですよね。
でもこんな厳しい表情や激しい声音、一転して弱々しい表情なんかは初めて見るし、いったいどこで彼女を見たんだろうとずっと考えてたんですが、今日唐突にひらめいた。この方、『アイム・ユア・マン』に出てた方だ! あの映画でアンドロイドを作る会社の社員をされていた方ですね。
あのときは出てくるたびに毎回同じ表情なのが逆にすごいって思ってたんだ。
一週間ほどずーっと考え続けていたので、わかってすっきりしました。

この映画は最後まで見たからといってすっきりするというわけではないストーリーです。観終わった後、私もなんとなーくもやっとしたものが残ったんですが、つまりこの映画はミステリではなく法廷劇なんですよね。
インタビューによると監督が描きたかったのは謎解きではなく、法廷ドラマであり、そこであぶり出され描き出されていく家族の物語のようで、ならばこの映画のように少しもやっとする部分が残るのはむしろ当たり前なのかもしれない。
だって裁判が終わっても、彼女たちの生活はこれからもずっと続いていくのだから。
そんなふうに、観終わってからもいろいろと考えてしまう作品でした。

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