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『異動辞令は音楽隊』感想

前に映画を観に行ったとき、チラシを見て気になった作品。そのあとポスターを見て、ざっくりと粗筋を読んで、実際に観てみることにしました。

阿部寛演じる成瀬は、現場一筋の捜査一課の鬼刑事。それも平成どころか昭和の頃の鬼刑事なので、周囲はいささかどころか相当彼にうんざりしています。
捜査方法も昭和の頃の鬼刑事そのもので、目をつけた相手に食らいつくと離れない。相手が否定しようがなんだろうが離れない。礼状なんてなくても相手の家に押しかけて、自白を引き出すためなら自分で自分を傷つけて相手が手を出したと言い張ることも。
当然、周囲から浮いていますが、成瀬には溶け込む努力をする気は一切なく、本部長が来る捜査会議でさえも時間の無駄だと本部長の目の前で言い切ります。

そんな成瀬に出た辞令は、警察音楽隊。
小学生の頃に和太鼓をやっていた、と履歴書に書いてあったのをうまいこと利用された感はありますが、そりゃあ開始十数分(もっとかも)で描かれた成瀬の行状であれば異動辞令が出るのも仕方ないだろうなぁ、と思いました。
あまりにも人の話を聞かなすぎるし、自分の目の前しか見ていない。現場主義だから出世する気がないのはいいとして、その考え方を指導する後輩にも押しつけるのはいかがなものか。
しかも成瀬は異動辞令を見てうんざりし、異動先に行ってもその傲岸不遜な態度を変えようとはしません。なぜなら成瀬は、いまはパワハラで投書があったからとりあえず音楽隊に異動させられたが、すぐに呼び戻されると思っているから。
自分は捜査一課にいなければならない人間だ、現場一筋の鬼刑事がいないと捜査はうまくいかないはずだと思っているのです。

しかし、成瀬には成瀬の事情もあります。妻とはずいぶん前に離婚し、同居している母親は認知症。それでも祖母を心配してときどき様子を見に来てくれる高校生の娘は、たびたび約束を破る父親に喧嘩腰。この調子だと、たぶん離婚原因も捜査捜査で家庭を顧みなかったことが原因なんだろうなあと、想像がつきます。
とはいえ、成瀬には成瀬の事情はありますが、全く人の話を聞かず、人の考え方を頭から否定する成瀬の自業自得だなぁと思いました。
正直最初の方は、そういう部分をこれでもかと見せられて成瀬の娘の気持ちになってすごくやるせなかった。約束をしても破られて、しかも相手は約束したことすら覚えていないなんて娘からしたらそりゃあ腹が立つでしょう。
そうして娘は成瀬に心底呆れ、ついにはLINEをブロックしてしまうのです。
(ここでタイバニ1期の虎徹さんと娘の楓ちゃんのスケート大会を見に行く話を思い出してしまった。タイバニファンだからしかたがない)

このお話の前半の成瀬は見ていて本っ当に腹が立って腹が立ってしかたがなかった。こんなん同僚にいたらそりゃあ課長に文句言うよなぁ。自分が捜査一課にいたとしても腹が立つと思うし、異動先の音楽隊にいたとしても腹が立つ。
でも、成瀬は音楽隊の面々と過ごすうちにそれぞれに事情があり、思うところがあり、大切にしている人や大切にしていることがあり、彼らは彼らで、人によってその熱心さに違いはあれど、それなりに市民と警察の架け橋になろうとしていることも知るのです。そんな彼らを応援する市民のことも。
成瀬は少しずつではありますが自主的にドラムを練習し始めます。時間だけはいくらでもあるから、いろいろとこれまでのことを思い返し考えて、そして―――・

この映画、阿部さんをはじめとしてキャストの方々は、本当に楽器を練習し、演奏しているのですね。
阿部さんはドラム。清野菜名ちゃんはトランペット。高杉真宙君はサックス。他にもキャストの方々がブラスバンドがよく演奏するいろんな音楽を演奏するシーンはたのしかった。
阿部寛さんは最初の方は、肩の筋肉が腱鞘炎起こしそうな叩き方してたのに、最後の方はきちんとリズム刻んでてすごかった。

スタッフロールを見ると、シエナ・ウインド・オーケストラが協力しているのですね。
シエナ・ウインド・オーケストラは、以前「題名のない音楽会」で司会者をされていた佐渡裕さんが首席指揮者を務める吹奏楽団。私はあまり吹奏楽は詳しくないけど、「題名のない音楽会」を見ていたんですよね。今は時間が合わなくて見ていないんだけど、佐渡さんが司会をされてたときはよく見ていたのです。
そういうわけで、「題名のない音楽会」や他の機会にも何度も聴いたことのあるいろんな曲が流れてきてとても楽しかったです。
茶色の小瓶、威風堂々、宝島、IN THE MOOD、アメイジング・グレース、聖者の行進と、ブラスバンドをやっていた人は懐かしいだろうし、私のように端で聴いていた者にとっても楽しい選曲です。

私はブラスバンドとは全く別のところでTHE SQUAREが好きで、だから「宝島」が流れてきて高杉真宙君がサックス持って立ち上がったときにはめちゃくちゃテンションが上がりました。

この映画は『キングダム2』の翌日に観たんですが、こっちにも渋川清彦さんが出てきてびっくりしました。しかも阿部寛さんのドラムの師匠役で、LAUGHIN'NOSEが大好き、パンクバンド大好きなおじさん役。
LAUGHIN'NOSEとかめっちゃ久々に聴いたなぁ。LAUGHIN'NOSEが流れるところではカセットテープだったというのも良かったです。

もう一つ好きなシーンは、成瀬が定期演奏会のチケットの準備をしているシーン。嫌々やっていたのに、そのうち一連の動きが一定のリズムを刻んでいるのがとても好きでした。

音楽は音が楽しいと書きますが、音楽を扱ったこの映画はとても楽しい映画でした。最初の方はちょっときつかったけど。
娘との関係もいい方向に向かったのもとても良かった。

最後の最後で驚いたのは、この映画は内田英二監督だったんですね。ポスターもチラシも見てたのに監督の名前は全然チェックしていなかった。
『ミッドナイトスワン』の監督だと思えば、前半のあの重い空気も納得です。むしろ後半を考えると、こんなふうに爽やかな終わり方をするとは……失礼な言い方で申し訳ないのですが。
私は『ミッドナイトスワン』を公開前の上映会で観に行って、それきり二度と見れなかったです。
すごく良い映画だと思うんだけど、私の中にあの映画はなんとも言いがたい傷のようなもの残していって、胸が痛くて、二度と観れない。
そういう映画を作った人だから、『異動辞令は音楽隊』とはなかなか結びつかなかったのです。
でもこの映画は楽しくて、観て良かったなぁと思いました。

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