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『バスカヴィル家の犬 シャーロック劇場版』感想

ドラマのシャーロックはながら見程度。シャーロック・ホームズの『バスカヴィル家の犬』ははるか昔に読んだので、詳細がなかなか思い出せない。こんな状態でも大丈夫かなぁ、とドキドキしながら観に行きましたが、全然大丈夫だでした!
スタッフロールを見ると「原案:バスカヴィル家の犬」となっていて、つまり『バスカヴィル家の犬 シャーロック劇場版』は。ホームズのバスカヴィル家の犬を現代日本に翻案したもの。元のお話が19世紀末あたりのようなのでずいぶん大胆な翻案です。
とはいえ、舞台は瀬戸内海の島ということもあり、いくらスマホやZoomが出て来ても、通常私たちが暮らしている世界と較べるとちょっと隔絶した感は否めない。
もちろんそれが狙いだったんでしょうが、残念ながら私にはそれがはまらなかった。この映画が、という意味ではなく、ちょっと隔絶した感という意味において。

舞台は瀬戸内海の小島。その小島にとても日本とは思えないような石造りの邸宅を構えた蓮壁家の当主が、犯罪捜査コンサルタントの誉獅子雄(=ホームズ)と若宮潤一(=ワトソン)に相談を持ち掛けるところから話は始まります。話の途中で蓮壁は倒れ、そのまま帰らぬ人に。
若宮は数年前に蓮壁の息子の家庭教師をしており、その縁で誉と若宮は蓮壁家を訪ねるのですが……。

瀬戸内海の島が舞台と聞いてすぐに思いつくのは、金田一耕助のシリーズでしょうか。戦後のカストリ雑誌なんかの猥雑で頽廃的な空気を想像してしまいますが、少しばかりそういう意図も含めた演出なのかな。
でも全体の雰囲気は、ホームズというより、金田一耕助というより、アガサ・クリスティぽさを感じました。
全体的に画面が少し暗めで、それもあってか現在の日本という感じはあまりなかったな。それこそ、クリスティのポアロのシリーズの雰囲気を感じました。ホームズのシリーズならばもうちょっと怪奇ものの雰囲気があるけれど、この映画もそれを意識している部分があるのは重々伝わって来たけれど、それでも雰囲気はどちらかといえばクリスティの郊外の金持ちの邸で起こる事件な感じ。
この島がどんな大きさでどれくらいの人口で一番近い大きな都市はどこでそこに行くまでどれくらい時間がかかるのか。
なんて情報は、少なくともわかりやすい部分は特になかったですし、離島ならではのあるあるもそんなになかったかな。
離島といえば、何かがあれば孤立するというイメージがありますが、そういう描写も特になく。
なんて長々と書きましたが、そういう外的要因での追い詰められた感じがなかったんですよね。

ではなにがあるかといえば、閉鎖的な家族の中に潜む息苦しさ。外から見ていたらそんなに息苦しいなら飛び出せばいいのに、と簡単に思えますが、そこで暮らす人たちは目に見えないなにかに縛られていて飛び出すことができない。
そんな息苦しさの中に事件が起こる。

登場人物がみんな怪しいというミステリの王道を行っているのですが、いま一つ切迫感がなかったのはたぶん見ている私のせいなんだろうなぁ。
というのも、舞台となっている離島がどこかはわからないけれども、どこかで見たことのあるような光景が何度もありまして。
蓮壁家の墓がある場所は大久野島のあの場所に似てるなとか、フェリー乗り場もなんか見たことあるなとか(フェリー乗り場は割とどこも似た感じ)、そんなふうに画面の端々に自分の経験や日常を感じてしまって、あんまり特殊な場所のイメージがなかったのです。
なのでこの手の映画によくある、物語世界に入り込んで登場人物と同じようのハラハラドキドキ、というのに浸れなかったんですよね。
それが自分自身の経験のせいだなんて残念。

ともあれ、全体として楽しく見ました。

椎名桔平さんの執事姿はとても素敵。背が高くてガタイがいいので、スーツが良く似合っててとても良き。
そして蓮壁家当主の妻役だった稲森いずみさんの演技は、え?稲森いずみさんてこんな女優さんだったっけ?とびっくりしました。いまだに彼女が若い頃のきゃっきゃした役のイメージが強くて、こんな手の演技だとか不安そうな表情だとかは想像してなかった。彼女の不安そうな、少しばかり一線を踏み越えて向こう側に行ってるんじゃないかと思わされてしまうような演技が気になって、彼女が画面に出てくると端の方でも目で追ってしまいました。
もう一人、演技で惹きつけられたのが、蓮壁家の娘・紅役の新木優子ちゃん。後半に向かうにつれいろんな表情が現れてきて、彼女もまた画面に出てきたら目で追ってましたね。

この映画の感想をいくつか読んで、そう言われればそうだな、と思ったのはラスト。
賛否両論あると思う、という表現をされている方が多かったですね。
考えてみれば確かに賛否あるとは思う。
最後に求めるものが謎解きそのものなのか、犯人の処遇も含めてものなのか、犯人だけでなく物語の登場人物がどうなったかまで含めてのものなのか、それによって賛否があるのかな。

私はこの結末は、良い悪いではなく、それこそクリスティぽいなぁと思いながら見ていました。
クリスティって割と似たような終わり方があるんですよね。犯人の結末という意味において。
探偵はそれを見届けて、あるいは、犯人の幕引きを予測して、退場していく。
もやっとする部分がないわけではないですが、時代背景や、犯人や周囲の社会的階級や、社会の目などを考慮して、それもやむなし、とする結末は何度も読んだことがある。
ただそれを現代日本に引き直すと、それで終わりなの?帰っちゃうの?大丈夫なの? なんて考えてしまうのもしかたがないと思うのです。

そんなこんなでこの映画を観てから、改めて『バスカヴィル家の犬』のあらすじや周辺情報を調べましたが、もう一度『バスカヴィル家の犬』を読みたくなりました。
今まで何度も映像化されてはいますが、改変やはしょったりせずに原作どおりというのはこれまでには無いみたいだし。
そして映像化されたさまざまなシャーロック・ホームズにおける『バスカヴィル家の犬』も気になってきたので、そんなふうにいろんな興味をかきたてられた、という意味でもこの映画を観て良かったなと思います。

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