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『追憶の烏』(八咫烏シリーズ)感想

『追憶の烏』阿部智里 文藝春秋社 2022/10/7読了

『追憶の烏』阿部智里/文藝春秋社(表紙画像は版元ドットコム様より)

八咫烏シリーズ第2部第2巻。第1部最後の『弥栄の烏』と前作の『楽園の烏』との間を埋めるお話です。
以下、ネタバレを含みます。

なんというか、こう……本当に容赦ないな作者の阿部千里さん。
『楽園の烏』のときに憶えた違和感が悪い方悪い方に当たっていって最後の最後では呆然としておりました。
このお話を読み終えて、改めて『楽園の烏』のことを思い起こしてみるに「嘘はついてませんよ。言ってないことはあるけれど」ということですね。
『楽園の烏』では新たな登場人物である人間の安原はじめと、こちらも新たな登場人物である八咫烏の頼斗の視点からのお話がほとんどで、二人ともが過去の出来事を知らなかったため、『弥栄の烏』以降に雪哉たちに何があったのか、さっぱり見えませんでした。
頼斗の忠誠の向かう先が、金烏ではなく雪斎=雪哉だったことにも違和感がありましたが、まだ若いし金烏に見えたことがないのかも知れない、と考えていました。
あのストーリーから考えられる、すでに若宮がこの世にはいないかもしれない、という道筋を見なかったことにして。
『追憶の烏』は、まさに前作で描かれなかった期間を埋めるお話。
一番そうあってほしくはなかった、若宮がすでにいないお話。というか、いなくなって士またお話。
誰が悪いのかといえば、一番はやはり大紫の御前なのでしょう。
でも大紫の御前がそうなったことにも理由があるのは、烏百花ですでに示されています。逆にきちんと取り上げられてはいませんが、前の金烏である捺美彦については、大紫の御前のことや長束様、若宮のあれこれを描く端々に短いながらも雄弁に描かれていて、だから捺美彦に対しては苦々しい思いを禁じえない。
でもこのシリーズは、誰かが明確に悪の化身というふうには描かれてはいないんですよね。
第一部の猿にしても、大紫の御前にしても、捺美彦にしても、こずるいところ、憎々しいところ、悲しいところ、そんないろんな部分が描かれている。好き嫌いはあれど、100%この人が悪いんだ、こいつさえいなければ、というふうには描かれてはいない。
まぁ、あの、あせびと浮雲だけは、マジでこの人たちなんとかして、と何度も何度も思いますけども。
でもともかく、悪役とされている人たちにもそれぞれの思いがあり、その思いに基づいて行動し、幸せになろうと藻掻きあがいているところが描かれているので、なんてことしてくれちゃったんだとは思いますが、一方的に断罪する気にはなかなかなれないんですよね。
ただやはり、前作がほとんど安原はじめと頼斗の視点でいったい何が起こっていたかがさっぱりわからないと思ったのと同じように、本作ではほとんどが雪哉視点であるために、他の登場人物が何を思い何をなしたかが、これまたさっぱりわからない。
これまで、このシリーズの感想では毎回、視点が変わるとまるで別の物語になると書いてきましたが、今回は語られなかった浜木綿視点、真赭の薄や澄尾の視点、紫苑の宮の視点、長束様の視点、千早の視点、そのほかの人の視点。
そういったものが今後出てきたら、全く違う見え方になるんだろうなと思うのです。

正直なところ、本作を読んでいて感じた重苦しい気持ちややるせない気持ちをスパッと断ち切ってくれるような痛快な展開が待ち遠しくてなりません。
『烏に単は似合わない』の最後のように、綺麗に解が出て、収まるところに収まったな、と言うような気持ち。
実際はあのときから、あせびのその後を書かないという不可思議な部分はありましたが、あのときはあえて描いてないんだろうなと思っていました。
まさか本当にあえて描いていなかったとは。私の思う理由とは全く違う理由でだったけど。こんなに経ってから答え合わせがくるなんて夢にも思わなかったし。
ともかくも、そういうふうに収まるところに収まったな、と言うような話が待ち遠しくてしかたがないです。そんな展開にはきっとならないって、揺るぎない自信と信頼がありますが。
そして次につながる部分としては、葵ですね。
紫苑の宮の乳兄弟になるのかな?の茜と葵の双子とだけ出てきていましたね。けれど実際に出てきていたのは、茜の方だけでした。葵は身体が弱いから、空気の綺麗な郊外でひっそりと暮らしていると。
その葵が最後の最後でようやく出てきましたが、これって葵の名を借りた紫苑の宮じゃないの?というミスリードがそこかしこに散りばめられていますね。
こういうときのどんでん返しが本当にうまい作者さんなので、この推測が果たして当たっているのかいないのか。先を読むのが楽しみです。
葵と紫苑の宮がいつの間に入れ替わったのか?
それともはなっから葵という存在自体がフェイクだったのか。
浜木綿は結局、何を思って何をなしたが。

他にもいろんな「?」が頭の中を飛び交っています。
早く続きが読みたいです。

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