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無気力から脱する方法

 今年の夏は散々な目にあっている。

 今年の初めに右膝関節炎になってから、気分がなかなか晴れず一進一退が続いていた。開放的な夏の季節になれば気分も上向くだろうと思ったが、膝の痛みは消えず、暑さと湿気で体調を崩したせいか首や背中に湿疹が出てきて、そのかゆみに苦しめられた。仕事は忙しく夏休みも思うように取れず、週末も家族サービスや施設にいる親の見舞いなどの雑事に費やされ、疲れが溜まる一方、気持ちも凹む一方だ。

 また、twitter などのSNSで香港のデモや、あいちトリエンナーレの「表現の不自由展」などの経緯を知ると、自由や人権、人間の尊厳が棄損されつつある現状を前に、日々の雑事に追われ消耗している自分の状況がなんともやるせなく、不安と無力感にも襲われた。

 本来ならば本をもっと読んでいるはずだった。戦争体験を持つ日本の作家の作品を掘り起こして読む、クッツェー、サラマーゴ、莫言などのまだ未読作品を読む、などいろいろと計画していたが、手をつけることもままならない。それもまた気持ちが沈む理由だった。

 救いは、この憂うつが現状「最悪」ではないと自覚できていること。本当つらい時は音楽すら重くうるさく感じて聴けなかった。その時は、ヒグラシの鳴き声のYouTubeが唯一聴けた「音」で、空き時間はそればかり聞いていた。それに比べたら今は娘の好きなアリアナ・グランデやポスト・マローン、KーPOPのブラックピンクも聴けているのだから「通常通り」と言えなくもない。しかし、今流行りの音楽は、自分にはどうも落ち着きがなく感じられて乗り切れない。日本のポップスは、アレンジが今ひとつ乗れずで何を聴いても3曲目ぐらいで飽きてくる。クラシック音楽も聴くのだが、気持ちを上げるには重厚で堅苦しい。ジャズやボサノバも聴くけれど、渋すぎて面白みが足りない。

 浮上のきっかけがなかなか掴めなかったが、US3の「Cantaloop」を聴いたあたりから、すこし気分が変わってきた。この曲はジャズ音楽をサンプリングして作られたファンクテイストの濃いラップミュージックで90年代初めのヒット曲だ。US3は2011年以降はアルバム発表といった目立った活動をしていないようだが、最後のアルバムはラテン音楽の要素も加わっていて、むしろ今時感がある。もともとジャズが好きなのもあってかこの曲を聞いて以来、ジャズやR&Bの渋さとダンサブルな要素を持った「ヒップ・ホップ・ジャズ」またはそのグルーブを有するポップソングを検索するようになり、その流れで Loyle Carner、Tom Mischといった若手ミュージシャンを見つけて、音楽を楽しみながら少しずつ無気力から脱しつつある。

 つらい時こそささやかな楽しみを見つけ、足掻くことも大事なのかもしれない。今は夏が過ぎてしまうことが少し寂しい。


読んでいただきありがとうございます。ここでは超短編小説、エッセイ、読書感想などいろいろ書いていく予定です。よろしくお願いします。