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【百科詩典】<短歌・俳句><歌詞・詩><小説など>

日常の眺め方が優しくなるのならの50音順


短歌・俳句

自分をたづぬるために孔を掘り、孔ばかりが若し残ったら

若山牧水『みなかみ』

あなた・君

おめでとう わたしはわたしを祝いたい きみと出会えた でかしたわたし

仁尾智『これから猫を飼う人に伝えたい11のこと』付録

手をのべてあなたとあなたに触れたきに 息が足りないこの世の息が

河野裕子『蝉声』

足のつくことに戸惑うこれまでは溺れるだけの海だったから

木下龍也『あなたのための短歌集』

エスカレーター

唐突にやさしくされると怖いんだ 平らに変わるエスカレーター

谷口菜月

エレベーター

エレベーターが地上におりてチンというさびしいさびしいと衣ずれの音

戸田響子『煮汁』

老い

老害にならないようにするなんてずうずうしいにもほどがあります

枡野浩一

ひっそりと想いを秘めて沈む貝 あなたに響く海鳴りの底

茉亜

階段

迅速に一人子は育ち独りなり階段を傘で叩いて昇る

川野里子『太陽の壷』

永遠に上りつづける階段のだまし絵のなかの勤め人たち

丸山卓也『フイルム』

かろうじて上るねむたい階段の半ばに気難しい段がある

中沢直人『極圏の光』

かき氷

かき氷屋の前にだけ人口がある

木下龍也

その子二十櫛にながるる黒髪のおごりの春のうつくしきかな

与謝野晶子

キス

まぐかつぷかつんとふれてしまつたな、としかいひやうのない口づけだつた

小田桐夕『ドッグイヤー』

キッチン

キッチンへ近づかないで うつくしいものの怖さはもう教へたよ

山木礼子『太陽の横』

きのこ

いい人、と姉はきのこの毒の有無みたいに言って写真を見せた

葉村直

くちびるが激しく動くそのひとのこゑではなくて湿りがこはい

小田桐夕『ドッグイヤー』

閉じたままのピアノも少しずつ狂う 口紅の輪郭整える

川口慈子『Heel』

コーヒー

なにか夢を叶えたらしい友達の缶コーヒーのお金も払う

虫竹一俊『羽虫群』

婚姻色の魚らきほひてさかのぼる 物語のたのしきはそのあたりまで

齋藤史『秋天瑠璃』

うなぎの顔の尖りつつ泳ぐさびしさだ 嵐のあとを人ら混み合ふ

澤村斉美『galley』

水中では懺悔も口笛もあぶく やまめのようにきみはふりむく

工藤玲音『水中で口笛』

木枯らしや目刺しに残る海の色

芥川龍之介

こはきもの失せたるときに髪の毛を三つ編みにして死が立つてゐる

山田富士郎『商品と夢』

かささぎの渡せる橋に置く霜の白きを見れば 夜ぞ更けにける

中納言家持『百人一首』6番

春過ぎて夏来にけらし 白妙の衣ほすてふ天の香具山

持統天皇『百人一首』2番

新年

おはようとおめでとうが交差して年の初めはくすぐったいぞ

鈴木麦太朗『日時計の軸』

新しき年のはじめのめでたさや栗きんとんから栗が見つかる

虫竹一俊『羽虫群』

いのちなき砂のかなしさよ さらさらと 握れば指のあひだより落つ

石川啄木

東海の小島の磯の白砂に われ泣きぬれて 蟹とたはむる

石川啄木

スマホ

それぞれの秘密を抱えてテーブルに 3つのスマホならべる真昼

小川ユキ

八月に私は死ぬのか朝夕のわかちもわかぬ蝉の声降る

河野裕子『蝉声』

青淵にひぐらしの声ふるがごとし声の真下をわが舟は過ぐ

佐佐木信綱『椎の木』


くす玉がひらいたままだおめでとう実にしずかなフロアーである

工藤吉生「塔」2014年11月号

誕生日

おめでとう 誕生こそが死に至る病そのものなのだとしても

佐々木あらら

ショートケーキを箸もて食し生誕というささやかなエラーを祝う

内山晶太『窓、その他』

地下

地下道を上り来りて雨のふる薄明の街に時の感じなし

土屋文明『山谷集』

路上より地下へと潜り込むくるまテールライトが炎をあげつ

篠弘『司会者』

氷嚢のような満月 そこならばどんな怒りも鎮まりますか

ナカムラロボ

月みれば ちぢにものこそ 悲しけれ わが身一つの 秋にはあらねど

大江千里(23番) 『古今集』秋上・193

清水へ祇園をよぎる桜月夜 こよひ逢ふ人みなうつくしき

与謝野晶子

秋の田のかりほの庵の苫をあらみ わが衣手は露にぬれつつ

天智天皇『百人一首』1番

錠剤を乗せないほうの手のひらをいつでも握っていてあげるから

ミナガワ

テレビ

笑い声の足されたお笑い番組にわたしの笑い声が消される

三月とあ

銃殺の夢より醒めて足元にリモコン白く転がつてをり

濱松哲朗『翅ある人の音楽』

トラック

豚を乗せ工場へ向かうトラックが法定速度でわが前を行く

飯田英範

金色のちひさき鳥のかたちして銀杏ちるなり夕日の岡に

与謝野晶子

白鳥はかなしからずや空の青海のあをにも染まずただよふ

若山牧水

爆心地のタイルの上を歩みゆく裸足の鳩は上滑りして

大辻隆弘『つるばみと石垣』

あしびきの山鳥の尾のしだり尾の長々し夜をひとりかも寝む

柿本人麻呂『百人一首』3番

ネクタイ

おおらかな父の秘密を知った後ネクタイの柄が気になっている

鈴木るい

年賀状

おめでとうという言葉は暴力と思えば年賀状が大好き

橋爪志保「短歌研究」

やは肌のあつき血汐にふれも見で さびしからずや道を説く君

与謝野晶子

肌着

ともだちはみんな雑巾ぼくだけが父の肌着で窓を拭いてる

岡野大嗣『サイレンと犀』

花火

赤き玉とろりとできてこぼさなかつた泪のやうな線香花火

梅内美華子『真珠層』

星一つ残して落つる花火かな

酒井抱一

たはむれに母を背負ひて そのあまり軽きに泣きて 三歩あゆまず

石川啄木

死に近き母に添寝のしんしんと遠田のかはづ天に聞ゆる

斎藤茂吉『赤光』

ピアノ

毎日

しめきりに追われるような毎日はいつかの僕が夢みた暮らし

枡野浩一

マンション

タワマンの部屋の明かりが消えてゆく ジェンガであれば右に倒れる

西田浩之

あるといいけれどめちゃくちゃこわいよね飲むとよく眠れる水道水

伊舎堂仁『トントングラム』

紅葉

奥山に紅葉踏みわけ鳴く鹿の声聞くときぞ秋は哀しき

猿丸大夫『百人一首』5番

大空を牽きてザイルのくれなゐの色鮮やかに懸垂下降

本多稜『蒼の重力』

UFO

未確認飛行物体次々に雲間から降る春となりゆく

谷岡亜紀『ひどいどしゃぶり』

いくたびも 雪の深さを 尋ねけり

正岡子規

田子の浦に打出でてみれば白妙の富士の高嶺に雪は降りつつ

山部赤人『百人一首』4番

ハロー 夜。ハロー 静かな霜柱。 ハロー カップヌードルの海老たち。

穂村弘『手紙魔まみ、夏の引越し(ウサギ連れ)』

歌詞・詩

雨は斜めの点線 ぼくたちの未来を切り取っていた 窓の板ガラスへと "自由"って言葉を書いては消した

 松本隆『いつか晴れた日に』

真っ白な気持ちは書いた分だけ黒くなる
白紙の海泳ぐ黒い線にいつか 真っ赤な花が咲くその日まで

~尾崎世界観『破花』

言葉

一生に一度、花のひらくようなよい言葉が語りたいという願いを持たなくてはならないかなしき人々のひとりなのでありました。

立原道造

黄昏

たそがれは風を止めて 
ちぎれた雲はまた ひとつになる

〜小田和正『秋の気配』

キミがぼくのだいたいを知って 魔法は少しずつ現実へ それでもふたり手を握って 重ね合わせる運命線

~斉藤和義『いたいけな秋』

はじめての子を持ったとき 女のくちびるから ひとりでに洩れだす歌は この世でいちばん優しい歌だ

~新川和江『歌』

昼寝

海からあがる潮風 絵葉書で見た晴空
うたたねのために数えるのは 羊ではなく思い出

~槇原敬之『うたたね』

未来

輝かしい未来は胸の中で咲く花のよう 
そこで揺れたものは魂のゆくえと呼ばないか

くるり『魂のゆくえ』



蟻が
蝶の羽をひいて行く
ああ
ヨットのやうだ

三好達治

小説など

私は川がある街というものに自分がどれだけなじみやすいのかを知った。そして、カフェにすわって人々を見ていることは、川の流れを見ているのと全く同じだということを知った。それは、歴史のある都市でなくてはならない。古く重く恐ろしい色や形をした建物の前を、現代の人々が流れていく、その様子こそが川なのだ。そして、私は知った。川の恐ろしさは、時の流れのはかりしれなさ、おそろしさそのものなのだと。

よしもとばなな『あったかくなんかない』

それから海岸沿いにたくさん生えているガジュマルの神聖な姿。ただ生えているだけなのに、まるで巨大な彫刻のように美しく見えた。複雑にからまり合った枝の下で憩えばまるで充電されるように、抱かれているように落ち着いた。並んでいるとまるでいろいろな精霊が語り合っているような雰囲気があった。

〜よしもとばなな『海のふた』

厳しい本物の冬が再び腰を据えようとしていた。ケヤキの枝先が、警告を与える古老の指のようにひからびた音を立てて震えた。

〜村上春樹

マンションの地下の駐車場から車を出したとき、三月の冷ややかな雨はまだ音もなく降り続いていた。プジョーのワイパーは老人のかすれた咳のような音を立てていた。

〜村上春樹『騎士団長殺し』

12月

空からゆっくり降ってくるのは、今年を締めくくる優しい光。
走り抜けながら、味わう暇もなく包まれるのがいい。

吉本ばなな『BANANA DIARY』

誰かが言いました

肉まん

すごく寒い時は自分が肉まんの具になっていると想像するの。