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givが目指す「恩送り」による血の通った社会システム

シンガポール留学時代からの友人である西山さんが取り組んでいるプロジェクトに関して書いた本を発刊された。この取組は自分の問題意識とも合致しており、スタート当初から色々とお話を伺っていた。こうしてその考えが本として形になったことは素晴らしいと思う。
シンガポールでは現地のスタートアップと日本企業をつなげるビジネスを単身乗り込んで開拓されており、その頃は彼がこのような活動に至るとは全く想像がつかなかった。

彼が運営するgivでは、入会したメンバーが自分の能力を通じて誰かにサービスを無償で提供する。これをgivと呼び、参加者は自分の提供できるサービスをオンラインプラットフォームを通じて登録するとともに、他の参加者が受けたいサービスを選ぶ。サービスを受けた参加者は、その感謝の気持ちをサンクスカードとしてプラットフォームで提供者に贈る。そこには全く金銭のやり取りが生じず、見返りのサービスも要求されない。つまり完全に参加者の意思によってやりとりがなされるのだ。既に地域コミュニティのつながりを生み出す実証事業として堺市、東広島市で事業が行われた。

貨幣経済への違和感

本サービスは貨幣や価値単位が一切介在しない。これは現在の貨幣経済に大きな疑問を投げかけている。我々が貨幣価値に換算している価値というのは本当に正しく評価されたものなのだろうか。物理的な価値は反映しているものの、感情や関係性といった価値はどこまで反映されているのだろうか。
例えば、コンビニのおにぎりと、自分の母親がにぎってくれたおにぎりはどちらの方が自分にとって価値のあるものだろうか。当然物理的なコストベースで言っても家で作った方が高くなるから、貨幣価値換算すると家のおにぎりの方が市場でも高くなるだろう。でも「親が作ってくれたことに対する感謝」は貨幣価値で表現できるだろうか。こうした人との関係性などによる思いはカード会社の宣伝ではないが「プライスレス」ではないだろうか。
全てを共通の尺度で価値換算できない、感情的な価値は主観によるものだから計算しないことを前提としているところにgivの面白いところだ。

労働は相手だけでなく、自分にも付加価値をもたらす

通常はサービスを提供する側が「労働する」という感覚だから、サービスを受ける側の方が取引において満足する傾向にある。一方でgivではサービスを提供する方も満足度が高いという。
当然サービスを受けた人も提供してくれた人に感謝するのだが、サービスを提供した人もサンクスカードのメッセージを通じて、受けてくれた人に感謝を感じるのだ。これは現代の労働の多くがどのように人の役に立ったかの実感を得られないのに対し、自分から主体的に直接サービスを提供することでその実感を得やすいからと考えられる。
ここでも「労働はお金を稼ぐためのもの」という前提を無償にすることによって覆している。労働の中には相手に対する付加価値だけでなく、自分への感情的価値もあるわけだ。そしてこれも主観的なものだから計算されていない。

デジタルを通じた新しい交換経済とコミュニティ

givはデジタルプラットフォームを通じていわゆるフリマやクラウドソーシングようなプラットフォームサービスを二段階上に押し上げている。
①まずオンラインを利用することで貨幣を伴わない物々交換が可能ではないかというのが最初に考えられる。既存サービスが貨幣での交換をベースにしているのに対して、等価のモノ・サービスを交換することでも経済は成り立つではないかという仮説だ。貨幣が交換の媒体だとしたらオンラインでモノ・サービスを効率的に交換できる場合には交換手段としての貨幣の役割は不要となると考えられる。ただ、この場合も引き続き物理的な「等価交換」を前提としている。
②givはさらにこの「等価交換」の前提を壊している。感情的価値は換算できないから、もはや物理的な等価の前提は要らず、感情的な価値が得られるのであれば片務的であっても良いという前提に立っている。
また、本書で書かれているように無償のサービス提供を通じて与え合われる感謝の気持ちは新たな人のつながりを生み出す。ただ売って終わりではなく、人どうしの交わりが関係値として蓄積されることから、場所に縛られない新たなコミュニティを形成する可能性があるのだ。ここにgivの新しい可能性があると思われる。だからこそ、自治体も関心を持っているのだろう。

貨幣経済と非貨幣経済ハイブリッドの時代へ

本書でも述べられている通り、全てをgivのような仕組みで貨幣経済を置き換えることは難しいと思われる。当然、貨幣経済を通じた資本の蓄積などの仕組みがあったからこそ、技術の発展や物質的な豊かさはもたらされたと言える。一方でその仕組みの犠牲になり、貨幣に換算できない感情的な価値が満たされなければ、本当に豊かな生活を送っているとは言えない。働き方、生き方が多様になる中で、貨幣経済と非貨幣経済での活動を行き来しながら、自分の感情的な豊かさが満たされる生活を送れることが重要になるのだろう。givはそうした視点を我々にもたらしてくれるだけでも意義がある。

ウェルビーイングという言葉が抽象的で個人としてはあまり好きではないのだが、人生を通じた物理的豊かさと感情的な豊かさがバランスしていることが真に重要であり、後者の感情的な豊かさは、人との交わりで得られる感謝から生まれる、主観的なものであるということだろう。givは新しい社会システムを考える上で非常に興味深い示唆を与えてくれている。

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