行政デジタル化の取組から見えた行政組織アップデートの必要性
2024年10月5日に「行政組織をアップデートしよう」という新刊を発売した。
前著「行政をハックしよう」は、経済産業省で事業者向けの行政サービスデジタル化の取組を進める中で考えた、行政サービスのデジタライゼーションを進める上でのポイントを整理したものであったが、今回の本はデジタル庁発足後の経験を通じて感じた行政組織経営の見直しの重要性を主張するものである。
DXから一歩進んだ組織の経営システムに関する考察
DXという言葉が流行し、日本でもその重要性に関する認識が定着してきた。デジタル化とはただ業務プロセスを電子化するだけではなく、デジタル技術を通じデータの活用とサービス体験を見直すことでビジネスを変革することである。(「DX」の「D」)
ただし、これを実現するにはデジタル技術をビジネスに取り入れるための組織能力の強化や経営の見直しが必要であり、組織変革が必要である。(「DX」の「X」)
一方でDXも元を辿れば、組織のパフォーマンスを高めるための一つの手段にすぎない。組織が目的を達成する手段としてより効率的、効果的であるからこそDXの取組を進めるのであり、根本的に達成したいのは組織パフォーマンスの向上なのだ。
こう考えた時にそもそも行政組織の経営は、「DX」の「X」を進めるということにとどまらず、時代に合わせて組織のパフォーマンスを高める仕組みになっていないのではないかと考える。
公務員の退職増加と、従来の行政組織と異なる経営を行うデジタル庁からの仮説
行政組織のパフォーマンス低下の大きな要因は、組織を中心的に担ってきた職員層の退職が増加する一方で、行政サービスに対するニーズが多様化していることである。結果として行政の外注依存比率は高まり、行政組織自体の能力が失われていっているのではないか。
そもそも退職者が増加している理由は職員が成果を出せる環境が整備されていない、職員の求めているものと組織の求めるもののミスマッチがあるのではないか。
退職者が増加するのであれば、新卒採用を中心とした人材獲得を見直さなければ、組織の能力は先細るばかりである。こうした観点からも行政組織のこれまでの経営モデルが限界にきていると考えられる。
デジタル庁の発足からこれまでその組織の一員として業務を行なってきた中で、専門スキルを持つ人材が外部から参画し、そのことを通じてこれまでの行政では実現できなかった成果が上がるシーンを何度も見てきた。デザインシステムの導入、政策ダッシュボードによる可視化、マイナポータルの改善、マイナンバーカードを利用したサービスの普及等、こうした取組は行政人材のみでは達成できなかったことであると思う。表面的な取組であるとの批判もあるが、一方でユーザーである国民や企業が使いやすいサービスが実現しなければ、その改善を実感してもらうことはできない。これまでデジタルサービスを提供してきたプロフェッショナルが内部にいることで実現したことだ。
また、デジタル庁の組織開発のメンバーが、多様な人材が活躍できる組織文化や仕組みを作ろうと継続して努力してきたことも見てきた。オールハンズミーティングによる庁内の情報共有、1on1による職員間の相互理解、チャットを中心としたコミュニケーションの推進、バリューアンバサダーによる活動などで異なる部署、バックグラウンドの職員交流などが進み、それまでバラバラの方向を向いていた人材間に文化が生まれてきたように思う。これも多様な組織開発のベストプラクティスを実践する人材の参画によって実現したことだ。
こうした中で、デジタルの分野に限らず、多様な才能を持つ人材がスキルを発揮し協力することでパフォーマンスを高められる組織経営を実現することが、今後の行政組織が目指すべき姿ではないかと考えるに至った。
人的資本+デジタル資本を用いた経営は企業だけでなく、行政組織にとっても重要ではないか
民間企業においても、人材の多様な能力を資本として評価し、これを活かしていく人的資本経営と、デジタル投資を通じたデジタルトランスフォーメーションは組織能力向上の両輪となっている。
企業の成果は経済的な価値で評価されるが、行政組織はその成果の評価の仕方が難しいため、組織経営において同じ論理が通用しないと言い切れるのだろうか。今や、民間企業であっても社会的価値の追求を掲げ、それが市場で評価されるようになっている。
組織の目的が、何らかの目標に対して、より効率的、効果的に成果を出すということだとすれば、企業と行政組織の間に違いはない。組織経営のあり方も外部環境に合わせてより良いものにしていくことが、行政組織にも求められると言えるのではないだろうか。
行政組織のアップデートは、日本社会のアップデートの前提でもある
行政組織は日本におけるルール形成や、社会活動の基盤となるインフラを担う主たる事業体である。行政の役割は、豊かな市民生活や、活発な経済活動の土壌形成である。その役割が十分果たされなければ、いくら市民や企業が努力したとしても古いルールや非効率なインフラによってその発展が妨げられてしまう。
だからこそ、行政組織の能力向上こそが、時代の進歩に合わせた迅速なルール見直しや、インフラの高度化を実現し、社会全体の質の向上に貢献するのである。これまで見過ごされてきた、明治以来ほとんど変わっていない行政組織の経営見直しこそが、その鍵を握るのではないか。
公務員も自分のキャリアと向き合い、やりがいを感じながら働ける組織にするために
人が一番力を発揮できる状態とは、自分のやりたいことに全力で取り組める状態であるとすれば、それを尊重し、キャリアの追求が行える組織であるべきである。職員が主体的に自分のやりたい政策に携わり、磨きたいスキルを磨ける環境を提供できていないから若手退職者は増え、中途で入ったとしても短い期間で退職してしまう。
日本社会の土壌を支える政府・自治体こそ、スキル人材が、自分の能力を活かして「社会的価値の実現に貢献したい」という思いを実現できる場である必要がある。また、新卒から入った職員も、自分達はこの組織で働いたことで「こうしたスキルを持っている」、「こうした社会価値を実現した」と胸を張って言える場になるべきである。そのための行政組織の経営見直しである。
行政組織の経営システムがこれまで続いてきたことはそれだけ安定性のあった仕組みでもあるということだと思う。一方でその限界が来ていることも事実である。特に巨大は行政組織は、一朝一夕に変えられるものでないだろう。それでも社会的に意義のある政策の実現と同じくらい、それを実現する組織の仕組みが重要であることを行政に携わる人たちが認識していくと、組織は変わっていくのではないだろうか。そんな思いでこの本を書いた。もし関心を持ったらぜひ手に取ってみてほしい。
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