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連載小説 もりぐち人生劇場 高校編 第17話『憧れ』

まるで異世界のようで。

映画か何かのワンシーンのようで。

全てが一つになっていくような不思議な感覚で。

僕たちはただただその空気に。

目の前の光景に。

圧倒されていたんだ。

          ◆◆◆

「え?これ全員客なん?」

「凄いな……」

僕とイトウは見事にテンパっていた。

エレベーターが開いた瞬間。目の前には人の壁。壁。壁。壁。

もうぎゅうぎゅうになっていて、自分達のスペースを確保するのに悪戦苦闘していた。

クオリとタツタも、

「あー人多すぎてヤバイ」

「いやマジでこれは……ヤバイ」

と言った感じでヤバイを連発。

クソガキはライブハウス「ネバーランド」に来ていた。

その理由はもちろん。

先日、スタジオで知り合ったカネムラさんのバンド「スタンディングオベーション」を観るためだ。

ちなみに今日はワンマンライブ。

ブッキングライブとは違い、前座とメインバンドのみの敷居の高いライブ。

ふと考える。

……ってことは、今ここにいる人たち全員がスタオベのファンってこと?

そう考えるとカネムラさんって何者?

僕の脳内では上半身裸のイメージしか出てこなかった。

謎だ。

そんなこんなで常にぎゅうぎゅうになりながらも、ふとタツタに目線を向けるとなぜかとびきりの笑顔を見せている。

「いやーめっちゃ楽しみやなー」

そしてこの中の誰よりもテンションが高い。流石にサラサラロン毛イケメンでもちょっとキモかった。

「もりちゃん」

「どしたん?」

「俺さー実はスタオベの事、前から知っててん」

「え? そうなん!?」

マジかよ。

「うん。中学のツレがファンでさ。持ってたCD貸してもらってた」

「おぉ!で、どうやった?」

「ヤバイ。全曲ヤバイけど特にナマステって曲が最強にヤバイ」

「ナマステ?」

僕は一瞬、何だその曲名は? 

と、ポカーンとなっているタイミングで。

「会場オープンしまーす!」

スタッフのお姉さんが声を上げ扉が開放される。

ゾロゾロと前にいた人たちが中へと入っていき、やっと満員電車のような空間から解放され僕達は安堵した。

クソガキ、いざ出陣。

そして僕は開口一番に「おぉ!」と声を上げていた。

薄暗い縦長の空間。

そこにおよそ150人ぐらいの人がいた。

周辺に丸テーブルが幾つかあり、みんなドリンクを飲んだり、タバコを吸ったりしている。

壁には出演バンドのステッカーやイベントのポスターが所狭しと貼ってある。

一番後ろにはPA席(音響席)。その近くにある長いテーブルは出演バンドの物販コーナーで、CDやタオルなどのグッズが並んでいた。

と言っても今日はスタオベのワンマンライブ。

前座のバンドとスタオベだけだからその数は少ない。

出演バンドの多いイベントの時だと、この物販コーナーに10バンドくらいのグッズが並ぶみたいだ。

そして僕たちは受付へ。

黒のバンドTシャツを着て、やたらとトゲトゲしたブレスレットを付けているお姉さんに、カネムラさんから預かっていたチケットを渡す。

そしてチケット料金と交換にフライヤーとドリンクチケットを受け取った。

僕は初めて貰ったフライヤーをまじまじと眺めていた。

他のバンドのライブ情報などが載っていてワクワクする。

「もりちゃん、前いこや」

とイトウに言われて、僕たちは人混みを掻き分けながら前の方へと進んだ。

——ネバーランド。

それはこの辺りでは一番有名なライブハウスだった。

メジャーのアーティストも定期的に出演しているしライブハウスとしてのブランド力も凄い。

そして僕達も1ヶ月後にはこのステージに立って演奏している。

そう考えると居ても立ってもいられなくなった。

……他のバンドを見て勉強しなければいけない。 

僕がそんな事を考えていると前座のバンドが登場。

そして、演奏が始まった。

………

……

凄かった。本当に凄かった。

今の僕達からするとこのバンドの全てが勉強になった。

けど。

それでも。

全ての記憶がかき消されてしまった。

勉強どころじゃなくなってしまった。

スタンディングオベーションのライブによって。

前座のライブが終わり10分が経過。

場内に異様な空気が流れる。

そろそろ始まる。

そんなどこか緊迫した空気。

そして、拍手と歓声に包まれながらついに……

——スタンディングオベーションが登場した。

ギターのヨウイチさん。

ベースのユウさん。

ドラムのサダオさん。

そして……ギターボーカルのカネムラさん。

カネムラさんは「うぉおおおおー」と獣のように雄叫びを上げていた。

そしてそれぞれのパートがすぐにセッティングに取り掛かる。

もうこの時点で何もかもが違った。

ただチューニングしているだけ。

ただセッティングしているだけ。

ただそれだけなのに。

ただの準備なのに。

その全てが格好良く見えた。

カネムラさんは真っ赤なギター(SG)を持ちステージの上から観客を眺める。

そして、その中から僕の存在を見つけニヤリと口角を上げる。

すぐに真剣な表情にガラリと変わった後、カネムラさんは叫ぶ。

「スタンディングオベーション……いきます!!!!」

カネムラさん、ヨウイチさんのギター。

ユウさんのベース。

サダオさんのドラム。

それらが全て一つの音の塊になり。

空間を震わせた。

湧き上がるはち切れんばかりの歓声。

まるで異世界のようで。

映画か何かのワンシーンのようで。

全てが一つになっていくような不思議な感覚で。

僕たちはただただその空気に。

目の前の光景に。

圧倒されていたんだ。

つづく

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