連載小説 もりぐち人生劇場 高校編 第16話『バンドマン』
「おぉぉぉー!」
「すっげぇー!」
「これはやばいなー!」
「めっちゃテンション上がるー!」
僕たちは全力で吠えた。
初めてのスタジオ練習。
そして今、これまた初オリジナル曲「片想い」を演奏し終えたところだ。
二つの初めてを一度に経験する僕たち。そりゃこうなる。
「それにしても設備が本間に凄いよな。当たり前やけど部室と全然違うわ」
イトウがギターアンプのメモリを調整しながらそう言った。
「確かに、ドラムセットもめっちゃ音良いな」
「ベーアン(ベースアンプ)もデカくてテンション上がるー。ただつまみが多すぎて逆にどういじったらいいんか全然わからん」
クオリとタツタもとても満足そうな表情をしていた。
「…………」
何も話さず水を飲んでいる僕にみんなが注目する。
「もりちゃん、どうしたん?」
「変なもんでも食ったか?」
イトウとタツタが声をかける。
そして僕は再び吠えた。
「ボーカルの声が聞こえやすい!!!」
興奮する僕を見てみんなはケラケラと笑った。
「ちゃうねん!今まで楽器隊の音がデカすぎてめっちゃ音程とりづらかってん。けど、今は歌いやすい」
「せやなー、ボーカルの返しが近くにあるもんな」
イトウは謎の呪文を唱えた。
「カエシ??」
「そう」
「KAESHI?」
「そう」
「KOKESHI?」
イトウはふぅと深い息をつき、
「……ほな、今演奏した片想いの反省やけ——」
「ごめん、ごめん。どうか教えてくださいませ」
僕は即座に懇願する。
「自分が聞く用のモニター(スピーカー)の事。ほら天井にぶら下がってるやろ」
イトウが笑いながら上を指差す。
あーなるほどこれの事ね。また一つ賢くなる僕。
それにしてもとてもいい環境だと思った。
練習部屋は全部で4つ。
一般的な広さの部屋以外に大人数で練習する部屋、個人練習用の部屋、収録環境が整っている部屋など、その時の状況によって使いたい部屋を選べる。
当日でも部屋が空いてれば大丈夫だが、結構な人気スタジオだから事前の予約は必須だ。
部屋の中はとにかく凄いの一言。
ギターアンプ、ベースアンプ、ドラム、マイクとマイクスタンド。
これらは全て設置されていて、機材もとにかく高価で人気メーカーのものが多い。
あとはそれぞれ自分の楽器を持ってきてセッティングするだけ。
めちゃくちゃいい。僕は軽く後悔する。もっと早くスタジオに来ればよかったなぁ。
そんな事をしみじみ思っていると、他のメンバーも飲み物を飲んで一旦休憩。
そして、イトウが再びさっき言いかけていた話題に戻す。
「でさ、さっきの演奏どう思う?」
あれから部室で色々と打ち合わせをして、片想いは少しずつ進化していった。
当たり前だがメロディと歌詞が出来て完成って訳じゃない。
あくまで個人ではなくバンド「クソガキ」が演奏する為の曲。
つまり、戦いはここからだった。
原曲をもとにそれぞれのパートのアレンジを作っていかなければいけない。
それがなかなかに細かい作業だ。
「クオリ、そこにフィルイン(曲の繋ぎ目にフレーズを叩くこと)入れてみる?」
「あーいけるよ、確かにここは埋めておいた方がいいなー」
「イトウさ、このアレンジいけるかな?」
「うーん、スライドの方がいいんちゃう」
「そっか」
と、クオリもタツタもイトウを中心に曲を作っていく。こうやって見ているとイトウの全体を見る力は改めて凄いなぁと思った。
歌詞は僕が作ったものの、こういったアレンジを考えることは僕には出来なかった。
けど、そんな僕にも一つだけ疑問が生まれる。
「あのさ……」
僕の声にみんなが注目し、
「何かパンチ力ないよな」
「パンチ力?」
「うん、インパクトっていうか。あれから俺も青春パンク聞くようになったんやけど、それと比べて何か弱い?みたいな」
どうにも曖昧な表現だったがメンバーも共感したようだ。
「確かになぁ……」
イトウはそう呟き、みんなうーんと同じように考え始める。
青春パンクかぁ。
激しいサウンド。
熱い歌詞とステージング。
あと特徴的なものは……
そこでイトウが「あ!」と声を上げる。
「何か思いついた?」
と、僕が咄嗟に尋ねるとどこか申し訳なさそうにイトウは言った。
「あーこれはもりちゃんの挑戦になるんやけどさ」
「俺の挑戦?」
「うん……ブルースハープやってみやん?」
「へ?」
◆◆◆
予約していた二時間があっという間に過ぎ、クソガキは恐る恐る部屋のドアから客席を覗き込む。
………よし。
確認したところ、さっきの怖い人たちはいないみたいだ。
僕たちはふぅと肩を撫で下ろす。そして、客席に荷物を下ろし腰掛ける。
スタッフのカトウさんが「お疲れー」と言って、おしぼりとお茶を人数分持ってきてくれた。
おぉ、こんなサービスがあるのか。嬉しい。
そして、僕はさっきの会話を思い出す。
僕の挑戦。
——ブルースハープ
ブルースハープとはつまりハーモニカのことだ。
ただ強いて言うなら、小学校の時に使ったようなものよりサイズは小さい。
太陽族や他の青春パンクバンドも使っている。確かにこれを曲に入れれば一気に曲のイメージが変わるかもしれない。
話し合いの結果、片想いのイントロとアウトロにブルースハープを入れようという流れになっていた。
しかし、当然僕はやったことも触ったこともない。
さぁ、どうしようかと悶々としていると、
「あぁぁぁぁぁーーアッツ!!!!!!」
と馬鹿デカイ声が背後から聞こえる。
僕たちはビクッとなり、その声の方に視線を向けた。
「おぉーお疲れさん!」
そう言って、上半身裸の状態で現れた人物。
汗だくになって、アシンメトリーの金に染まった前髪がうっすらと濡れている。切長の目は常に力がこもっていた。
そう、一番最初に声をかけてくれた人だ。
僕たちは、
「「「「お疲れさまです!」」」」
と、全力で挨拶をする。
そして「おぅ」と言って僕の隣に座った。
少しビビりながらも、僕はさっきの感謝を伝える。
「さっきはスタッフさん呼んで頂いてありがとうございました!」
「あぁ、ええよ」
と、その人は笑顔で言う。
ポップだ。
上半身裸だけど。
てか、さっきも話した時も何となく思ったけど、実はいい人なのかもしれない。
上半身裸だけど。
困ってる俺たちにすぐ声かけてくれたし。
上半身裸だけど。
僕が上半身裸の状態をとにかく気になっていると。
「バンドでは何担当なん?」
「え、僕っすか?」
「君以外に誰おるねん」
まぁ、そうだよな。僕は少し口に出すのを躊躇いつつも。
「ボーカルです」
と答える。
その瞬間。
ガシッと肩を組まれた。てか力強っ。
「おけ、ほな仲間や!」
「え? てことは……えーっと」
名前を呼びたかったが、初対面なので当然知るはずもない。
その様子を感じ取ったのかその人は「あー俺、カネムラな」と言ってくれたので、質問を続ける。
「カネムラさんもボーカルなんですか?」
「せや。俺もボーカル。まぁ、ギタボ(ギターボーカル)やけど」
「そうなんですね」
そのタイミングでイトウが声を上げる。
「あの、ネバーランド(ライブハウスの名前)に出演しようと思ってるんですけど、どんな感じのとこなんですかね? とりあえずこの辺りで一番有名だったから、出演の連絡したんですけど」
「あぁ、ネバランな。いい箱(ライブハウスの事)やで。てか見にくる?」
「え?」
「明後日、俺らネバランでやるから」
そして僕らはお互いに顔を見合わせ、
「「「「見にいきます!」」」」
と言っていた。
「何て名前のバンドですか?」
僕の質問にカネムラさんは、まるで誇りに満ちた表情で答える。
「スタンディングオベーション」
それはこの界隈のバンドマンなら知らない人は誰もいない。
伝説のバンド名。
——スタンディングオベーションのカネムラさん。
この人との出会いが、僕たちクソガキの運命を大きく変えた。
つづく
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?