連載小説 もりぐち人生劇場 高校編 第23話『最高の景色』
誇れるものなんてなかった。
本当は自信がなくて。本当は空っぽで。
まるでそれを隠すように強がって。見栄を張って。人に噛み付いた。
僕は結局……自分が嫌いだったんだ。
◆◆◆
——扉が開かれた。
クオリが飛び出し。
タツタが飛び出し。
イトウが飛び出し。
僕も全力で扉の向こうの世界へ飛び出した。
眩しすぎる照明と耳を打つような歓声。そして僕は自分の目を疑う。
会場には大勢の人がいた。
……こんなにも人がいるなんて思いもしなかった。
何人いるんだろう。50人以上は確実にいたと思う。
思わず観客の多さに怯みそうになったが、僕は両手を思いっきり天井に向かって突き上げる。
そしてそれぞれ準備に取り掛かる。
タツタとイトウは楽器を持ちチューニングを始める。
クオリもドラムセットを調整。
僕も水を一口飲んで自分の喉の状態を確かめる。
お互いの準備ができたのを確認して、僕とイトウとタツタは観客に背を向けた状態になりドラムの前で一列に並ぶ。
僕は真っ直ぐに手を上げる。
音響さんへの準備が完了したという合図だ。
それを確認したのだろう。会場で流れていたBGMの音量が吊り上がり、その後徐々にフェードアウトしていく。
無音。
そして、その静寂を切り裂くかのようにクオリのドラムが始まる。
ドッツタッツ ドッドタッツ ドッツタッツ ドッドタッツ
下手 タツタ
センター もりぐち
上手 イトウ
僕たちはお互いに手を繋ぎそのまま頭上に上げる。
ゆっくりと手を下ろす。
そして……。
イトウのギターが加わる。
タツタのベースが加わる。
クオリ、イトウ、タツタ。
3人の演奏がピークに達したそのタイミングで。
——僕は叫んだ。
「クソガキ行きます!!」
僕たちは一斉に振り返り演奏が始まる。
ジャンジャガージャジャ ジャンジャガージャジャ ジャンジャガージャジャ
一曲目は僕が作った曲。
「絆〜クソガキのテーマ〜」
ステージの前にあるモニターに足をかけ僕は歌い始める。
♪〜いつの日も俺ら一つになれず 足早に今日も部室を出ていく
夕暮れの真っ赤な光が 俺たちを照らし続けてる〜♪
左手にマイク持ち、右手を大きく広げて表現する。
♪〜あの頃は俺らまだまだガキで ただ一人今日も夢を描いてた
初めての音を奏でた 思い出は今も色褪せない〜♪
曲の歌詞が歌っている自分の心情とリンクしていく。文化祭で上手くいかなかった時の事が、まるで走馬灯のように脳裏に浮かぶ。
♪〜文化祭前の大きな事件と共に 無理矢理笑顔の俺たちがいた
部室のドラムが校舎に響きつつも 明日に向かって走り出すのさ〜♪
——サビがやってくる。
その直前で前列の僕とイトウとタツタは一斉に動きを合わせてジャンプした。
僕は再び一番前まで体を乗り出す。
今度はモニターから柵の上に足をかけ観客を見つめながら。自分の思いが届くようにサビを歌う。
♪〜色々あったよな 俺らはやったよな 何かが起きるたび俺らはデカくなる
喧嘩もやったよな 仲良くなったよな このままの俺たちでいられますように〜♪
………
……
…
1曲目「絆〜クソガキのテーマ〜」、そのままの流れで2曲目「夜空」、MCを挟み3曲目「僕のすべて」の演奏が終わった。
拍手がこのステージにまで届いてくる。
タツタとイトウがチューニングを始めた。
ティー ティーン ティーン
ブーン ブー ブーン
そして僕は冷静に客席を眺める。
前列にはシン、ナリ、ゴッド。僕の地元のツレ。その周りにも他のメンバーが呼んだのであろう見た事がある同じ学校の同級生。
みんなが僕たちに注目している。
「えーっと……」
さっきは勢いで何とかなった。
けどふと冷静になると肝心の言葉が出てこない。
僕は話す事が苦手だった。
けど今はMC中。曲と曲の繋ぎの時間。そんな言い訳は一切通用しない。
タツタもイトウもチューニングをしているから助けてなんか貰えない。
ボーカルの僕が話さなければ誰が話す。
上手く話さないといけない。
上手く空気を作らないといけない。
そんな事を考えていると……さらに焦る。
焦る。
焦る。
焦る。
冷や汗をかいて、頭の中が真っ白になっていく。
「……」
もう一度観客席に目を向けた。
その瞬間。
——僕がずっと思いを寄せている女の子。ユイの顔が見えた。
誰かに誘われて見に来てたんだ。
ふと我に返る。
次の曲は「片想い」
いつの間にか言葉が溢れていた。
「……この曲は僕が作りました。好きな女の子に向けて歌います。聞いて下さい片想い」
観客が沸き、再び拍手が生まれる。
僕たちはアイコンタクトを交わし、クオリのスティックでカウントが始まる。
カン カン カン カン
♪あぁ片想い 落ちては溶ける雪のように あぁ伝えたい 叶わぬ恋だとしても〜♪
ジャーン ジャーン ジャーン ジャーン ジャーン ジャーン ジャーン
イトウのギター、僕のボーカル。
そして、イントロが始まる。
僕はポケットに入れていたハープを取り出し、ジャンプのタイミングと合わせて演奏する。
ハープの音色が他の楽器隊と混じっていく。
♪〜廊下ですれ違う 君に片想い いつも遠くで君のことを見ていた
だけど僕は情けないことに 大好きな君に話すこともできずにいた〜♪
歌っていて。この空間に自分の好きな子がいるという事実が。なんだか本当に切なくて。
♪〜いつもと変わらずに僕は片想い 君の事だけ思っていたあの時
そしていつか情けない僕の胸の内に秘めたこの想いを聞いて欲しかった〜♪
歌詞と一緒に涙がこぼれそうになって。そんな湧き上がる思いを抱えてもどうしようもなくて。
♪〜君の事を聞いたんだ 大事な人がいてると
悲しみだけが残って どうする事もできずに……〜♪
僕はただただ歌にぶつけた。
………
……
…
4曲目が終わった。
初めてこんなに連続で演奏した。
初めてこんなに自分を表現した。
けど、これだけは間違いなく言える。
——最高に楽しい。
僕は最後の力を振り絞り声を上げる。
「ラストの曲 ありがとうー!!」
♪〜楽しかった あの日々が あの日々が今は思い出と
苦しくて泣いた日々が 泣いた日々が今は思い出と
大きな声で笑って叫んで いつか絶対一緒に笑いましょう
ありがとう ありがとう ありがとう いつの日か会える日を楽しみに〜♪
僕たちは全力だった。
ただただ真っ直ぐだった。
息を切らしながら。
額から汗が滴り落ちながら。
とにかく自分達を最大限表現した。
そして……
——全てが終わっていた。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
息が乱れる。
僕はずっと……
誇れるものなんてなかった。
本当は自信がなくて。本当は空っぽで。
全てを隠すように強がって。見栄を張って。人に噛み付いた。
僕は結局……自分が嫌いだったんだ。
けど……
けど…
けど!!
今の自分だけは心から誇らしくて……大好きだった。
この空気も。
降り注ぐライトの熱さも。
目の前の観客の笑顔も。
鳴り止まない拍手も。
何もかもが初めてで。
歌詞も演奏力も何もかもが未熟で。
けど僕たちは全力で音楽と向き合った。
だから今ここに立っている。
最高のステージに立っている。
僕たちは確かに。
——今を生きていた。
つづく
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