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なんでも見てやろう.

関東平野に舞い降りた,
異国からの珍客のことを思い出しながら,

彼らの見てきたであろう,
僕がまだ見たことのない世界へ,

思いを馳せる日があってもいい.

最近は,そんな日ばかりかもしれない.

写真の野鳥はソリハシセイタカシギというシギだ

中国からモンゴル,ヨーロッパにその繁殖地を構え,インドやアフリカの南方で越冬を行う.低気圧や寒波,風の吹き方の影響か,普段は少ない日本への渡来が,昨年は例年より多かったという.

そうか,君は短い命の中で,

日本の景色を見るという選択をとったんだね.
関東平野の里山や水田は,
君の眼にどう映っているのだろう.

彼の写真を見ながら,そんなことを考えていた.



先日,ニュージーランドやオーストラリア,
国内は奄美や御蔵島で水中の撮影を続けてきた
コウさんにお会いした.

海のひと,どんな人なんだろう!
と思っていたら,
筋肉質な体に焼けた肌,金髪の混じった髪色.海!って感じだった.

「行きたいところあるんです.アジア系のところなんですけど.」

珍しい.入ったのはタイ料理店だった.インドカレーは僕も好きだし,それとはまた違うものだけど,店内の匂いは,アジア料理の,独特のいい匂いだった.

「この匂いだけでいいんですよねー.タイを思い出します.」

聞くと,彼は大学在学中にできた休暇で,各所を旅したという.


二件目で行ったシーシャ.

「3,4年ぶりかなぁ.国内なら,10年ぶりくらいだ.」

シーシャの匂いは,イランを思い出すらしい.

「え,イランとか危なさそうですね,,.」

「いや,それが全然危なくないんだよ.みんな親日でね.写真とろう!って言ってくる.」

コウさんがイランを訪れた時,反米のデモはやっていたものの,治安はかなり良かったようだ.デモと言っても,日本のように歩いているだけで,乱暴なものではなさそうだった.あの,イスラム系の顔の男たちが,たくさんコウさんのスマホの中に入っていた.

「ほら,これも撮ってーって言ってきたんだよ.」

3人の男の子がポーズを決めて写っている写真を見せてくれた.

「クソガキたち笑笑」

コウさんはその頃を思い出しているのか,優しく笑っていた.


匂いから,東京にいながらして,これだけ言葉が出てくるとは,
なんと豊かな人生だろう.

この人の頭の中には,
ファーストハンドなその頃の経験が,
克明に思い出されているのだろうか.

それとも,
なんとなく覚えているその時の感情が,
今またやんわりと湧き起こっているのだろうか.

いずれにせよ,
それは僕には起こり得ないものであった.

経験していないものには,
質感を伴って感情が起こらない.

今,東京で隣に座っているのに,
きっとこの人は,全く別の世界を見ている.

写真だけならたくさん溢れている今,
僕は質感を伴った感情を,
より多くのものに対して持てるようになりたい,と,切に願っている.


その後も,
トンガで撮った間近のザトウクジラ,
御蔵島で一緒に泳いだバンドウイルカの動画
と,様々なものを見せてくださった.

いやー,すごい.夢が広がる.
こうさんの記録たちは,
まだ自分が見たこともない世界の塊だった.

僕は結構話したがりだから,こういう時クマのことを聞かれるとベラベラと話してしまうけど,今日はなんだか,自分のことを話している時間がもったいないように感じられた.

なぜだろう.
気にしたこともなかったけれど,

僕は幼い時から,

この目で見たものを豊かにしていきたい

という願望が,周囲より強かった気がする.

小学生の頃,
図鑑で見ていた野鳥たちも,
見なければ気が済まなかった.

今も,憧れているシロフクロウやホッキョクオオカミ,ホッキョクグマたち,そして,北方の自然は,この目で見るまで死ねない. 

そして,

きっとまだ見たことのない,

惹かれる可能性に満ちた未知のものたちが,

この地球上だけでも溢れているような気がして,

生き急いでしまう感覚すらある.



今は,
写真集も出せるくらい
ツキノワグマの蓄積もしたいし,

研究も方向性が定まりつつあり,
早く論文を書きたいし,

大学も単位を取ることには
変な責任を感じている.

この時間配分は一生の課題だろうなー

なんて思いながら, 

自宅の机で,大学の研究室で,

自分の目標を,

社会との接点の中に見出していく日もある.


一方で,

フクロウの声の響く夜の森で,

ひとり,溢れる星たちを見上げながら,

きっと社会との接点なんてものは
どうでもよくて,

この目で見る,

世界の自然や文化たちを
増やしていけさえすれば,

もうそれだけで十分なのかもしれない,

と,考えることもある.



何が幸せか,

きっとその答えは誰もわからないけれど,

ひたすら,

惹かれる方へ惹かれる方へ漕いで行きたい.

もしかしたらそれが,

走馬灯を豊かにしていく
ということなのかもしれない.



コウさんと分かれて急いで乗った終電の中で,

ここではない遠い世界や,

クマもカモシカもいない,

深く広い海の世界への憧れが,

僕の中で沸々と音を立てていた.


なんでも見てやろう.
そうしてから,死んでやろう.




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