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アナグマに連れられて

ツキノワグマを探し, もうずいぶん時間が経っていた. 探し始めたのは一昨日の夕刻からだったっけ?そうそう, 夕方にフィールドについて, 17時から20時くらいまで, 森の中にいたんだった. 三日月が綺麗で, 森を出ようとしたら, フクロウが鳴いたんだ. それも, 2羽で鳴き交わしてた. 音のしない暗い森には, 彼らの声だけが響いて, とても心地がよかったんだ.

生き物探しもダレて来る時が必ずあって, 木々の間に, 木の上に, そして痕跡がないか地面や木の幹に目を走らせながらも, もやもやと何かを考えている. そして我に返らせるお決まりの考えはこうだ. 

「昨日も日の出から丸一日, 今日も早朝から、、. でも会えないなぁ. たくさんいいものを見れたし, 熊に会えなくても、、. いや, 真面目に探さないと.」


20mほどもある高い木の上にできた熊棚.
彼らはこんな高い木の上にも登り, 実を食す.
木の上にも目を走らせるのを忘れてはいけない.


その日も, そうやって我に返って, 棒になった脚を動かしながら, おし!見つけるぞ!なんて意気込んでいた. 少し集中力が上がると, 目に入って来る情報量が変わる. この時は, 地面を歩いている綺麗な瑠璃色の昆虫に目が行った. なんだろこれ. 昆虫には無知な僕だが, とりあえずしゃがんで観察してみることにした. 触覚がなんとも言えない動きをして, またなんとも言えない動きで葉の上を歩いている. おそらくハンミョウの仲間か何かだろう. 体が綺麗な瑠璃色だから, ルリくんにしよう.


「ねぇねぇルリくん, クマの何所を知ってるかい?」,


ソロモンの指輪を手に入れたいなんて, 僕はいつも心のどこかで思っているけど, いざ手に入れたら, 会いたい生き物がどこにいるか, みたいな, 安直な質問に使ってしまうかもしれない. でもね, 誰もいない森のなかをずっと歩いていると, 虫にすら話しかけたくなる時もある. ニホンザルの群れが現れた時なんて, 結構真面目に話が通じそうな感覚を持ってしまう.


「お腹すいたよ, もうおにぎりを切らしちゃったんだ.」


そんなことを言っても, ウゥなんて, 唸られるだけなのだけど.


笹を食すニホンザル.

 一応カメラを持つとなんでも撮っておきたくなるもので, この時は地面に這いつくばってこのルリくんを撮っていた.


 と, その時, 奥から毛の塊みたいなのが, 歩いて来るのに気づいたのだ.


 上下左右に結構揺れながら, こちらに近づいてきている.なんだろう.


 一応僕も生き物好きだ. なんだかはすぐに予想がつく.


アナグマ.


昼間お目にかかるのは, 初めてだね. 心の中で穏やかに, 一方的な挨拶を交わしながらも, やはりまともにみるのが初めてな生き物には興奮するもので, すぐにレンズの先をアナグマへ変えて, シャッターを切った.


僕が這いつくばっているから, まだ気づかれていない. しかし, 向こうが気づいたら, すぐに逃げていくだろう. 気づかれていない今のうちが, シャッターチャンスである.


こう見積もって, ここから数秒しかシャッターチャンスはないように思っていた.


それにしてもすごい体が揺れてる. 左右に, 上下に. あれ, 視界がぐわんぐわん揺れないのか. ヒトは, 体の振動に対応して眼球を動かし, 視界が静止するような反応を反射でしているけど, 流石に彼みたいに, 歩いているときに顔一個分も顔が上下することはないぞ. 彼も同じ哺乳類だから, それはあるのだろうけど, それにしても, 歩いているだけで酔いそうだ.


ファインダー越しに彼の動きを観察しているうちに, ファインダーの中の彼の姿は, みるみる大きくなっていった. もしかして気づいてない? 逃げないのかこいつ.



その変な予感は的中し, 大きくなった彼の姿は, すぐにファインダーをはみ出した, これすごい近いぞ!カメラを顔の前から退けると, すぐそこに, 彼の姿があった. おお!


近くで見ることが全てじゃないが, やはり近いのは刺激が強い. さっきまでファインダー越しに見ていた揺れ揺れ歩きが, 今目の前で動いているのだ, そして一応警戒心はあるのか, 僕の半径70cmくらいまでくると, その円を出るまで, 少し歩く速さを速くした気がした. そうして, 僕の真横を通っていった. なんだこの子. こわくないのか?


お尻を向けてどこかへ行こうとする彼に, 

僕はついていってみることにした.



彼は揺れ揺れ歩きで歩いていたが, 突然止まった, 

流石についてこられると威嚇するのか?

逃げるかな?

一瞬の緊張が走ったのかと思ったら, 
彼は地面に体を擦り付け始めた, 

そしてすぐにそれを終えると, 
また歩いていく. 
そしてまた止まっては, 体を擦り付ける.


匂い付けだ.


ここは僕のナワバリだ!って言っているのだろう.


後ろから僕がきているというのに, 
振り返りもせず, なんなんだろうこの子は,


僕は少し, 彼の警戒心を試してみたくなった.


彼が匂い付けをしている間, 前へ出てみよう. 流石に彼は怖がって逃げていくか?そしたら申し訳ないから, 流石にどこかに消えよう. きっと彼はどこかで僕が去るのをみていて, また戻って来るだろう. 


そして, 彼が匂い付けを始めた. 

おし, いくぞ. 

僕は, さっきまでは,彼に合わせて止めていた歩みを止めないで, そのまま彼に近づいていった. 

近づくにつれ, 彼の毛の感じや, 形の感じが, よくよく見えて来るようになる. わぁ, アナグマだ. この表皮の質感みたいなものは, 僕は結構みるのが好きだ. 近寄ることでしか得られない, 触覚を刺激されるような視覚は, 普段生き物に近づかない分, こういう時に味わっておきたいものである. やがて僕は彼の真横まできた. 彼の動きが一瞬止まる.


あ, やっぱ嫌か 


一瞬不安になったが, 彼はすぐにまた匂い付けに移った. 気がつくと僕は彼より数メートル前へ出ている. そして彼は, 僕のことを気にもとめないで, こちらへ向かって歩いてきた. また, 真っ直ぐこちらへやってきて, また僕の真横を通って, 揺れ揺れ歩きで森の中へ歩いていく. 


 本当になんなんだこの子は.


僕は熊を探すのをすっかり忘れて, 
彼の後をついていった,


とっとこととっとこ, 
彼は森の奥へ奥へ歩みを進める.

彼のペースは, 一緒に歩くのにはちょうどいい. 

とっとことっとこ. 

2022年のゴールデンウィーク, 
アナグマが僕にくれた, 
至福のひととき.





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