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冬の匂い。



秋は、
北方からの渡り鳥たちの到着を心待ちにし、
冬が終わると、
フクロウの繁殖やクマの目覚めにときめく。

生き物たちの動向で、
僕は季節を感じ取っている。

けれど、彼らのことを考えていない時間も
嗅覚がそれを確かに伝えてくれる。

今日は昼間から何だか暑かった。
夜になって涼しくなったが、
その季節感は匂いとなって立ち上がった。

今日の夜の匂いは、もう、夏のそれだ。

そんな日に、冬の夜の匂いを思い出す。

2月の、山でのお話。



枯れているとはいえ、木々が立ち並ぶ山の中は、日の入りよりも結構早く、光が足りなくなってしまう。

クマの眠る山へ入り、
木の皮を必死に齧って食いつなぐサルの群れと時間を過ごし、
気がつくともう暗くなっていた。

松ぼっくりを食べるニホンザル。
ツキノワグマと違い、
冬眠をするシステムをその身体に備えていない彼らは、
木の皮などを齧り、寒い冬を乗り越える。

そんな時、シカの甲高い警戒声が森に響く。

僕よりも高いところに、
メスのニホンジカの群れがいた。

僕に気づいた一頭が、

危ない、

とでも群れに伝えたのだろうか。

警戒心の強い彼女の緊張感は、

もう目のあまり効かなくなった僕の目にも、

シルエットだけで十分に伝わってきた。

警戒心の強い彼女の緊張感は、
シルエットだけで十分に伝わってくる。


一頭が走り出すと、
群れもそれに従うように僕から逃げていく。

あの日、
僕らを包んでいた冬のにおいが恋しい。

匂いであるのに、確かな透明感を持ち、
そして、匂いであるのに、
それは確かに、冷たいのを感じさせる。

長い間、その温度と、あの透き通った空と合わさって感じてきたからだろう。

そのにおいは、視覚や温度覚を用いてしか、
あらわしようのない何かを持っている。


ヒトは、
嗅覚では他の哺乳類たちに大きく劣っている。

僕らより鋭い嗅覚を持つ彼らには、
どんな匂いが立ち上がっているのだろう。



🗓2022/02

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