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カモシカを追って

2022年1月8日,雪に染まったフィールドにカモシカを追った日の日記です.

緑一色の夏の景色から,彩ある紅葉の季節を経て,冬になった.煩雑な茂みの中に,ツキノワグマを見落とさないように目を凝らした山の斜面も,全てが白一色になっている.

ここにあの黒いアイデンティティが現れたら,そのコントラストはどれほど美しいだろうか.今はきっと,この深い雪の中で眠っているのだろう.僕らヒトには登るのが困難な傾斜の斜面に聳える木々の何本かは,剥き出しになったその根の下に洞を作っている.中は真っ暗で何も見えないが,もしかしたらその中で彼らは寝ているのかもしれない.秋に出会った幼いクマの顔を思い浮かべ,冬眠穴の中に身を潜めているのを想像しながら,寒くないのかな,なんて,いらぬ世話を働かせてみる.


その斜面に,何本も足跡がついている.急な斜面も,クマのいるかもしれない洞の近くも,ためらうことなく通過しているように見える.カモシカの足跡だ. 

今日は,そのカモシカに会いにきた.10月から12月にかけて,ツキノワグマを探しているときに,毎回と言っていいほど会ってきた.雪が積もった,この大好きなフィールドを歩く姿も,見せてほしかった.

秋には入らなかった針葉樹林に,カモシカの足跡が数本吸い込まれていた.日の出直後の,それも少しばかり雪の降る曇りの日である.茂った針葉樹の葉の間を通って,かろうじて入ってくる光と,それを雪が淡く反射しているだけで,林内は薄暗かった.

カモシカの足跡は,林内の奥深くへ続いているように見えた.蹄の跡がしっかりと雪に刻まれ,確かに彼らが歩んだことを教えてくれる.



奥深い場所がよく見えない林は,独特の魅力を持っている.吸い込まれていく足跡の先にカモシカがいるかも知れないと思うと,足を踏み入れざるを得なかったのだ.

雪は深く,スノーシューを履いていない脚は腿まで雪に浸かってしまう.出来たての自分の足跡と,隣にあるカモシカの足跡を見比べながら,いつ頃ついた足跡なのだろうと思いを巡らせてみる.カモシカの体重が,55kgの僕より10kgほど軽いとして,たつ足は4本で向こうのほうが体重は分散される.しかし足の面積は僕の方が3倍ほどありそうだから,圧は彼らのほうが3倍ほどだ.足をついた時の雪の沈み具合は,トントンと言ったところだろうか.考えてみても,分かりはしない.不毛な議論だ.きっと雪深い山で動物たちを追い続けるマタギたちは,これを感覚で見抜くのだろう.いつか,いや,できるだけ早く,マタギには会う必要がある,そう思っている.



カモシカの足跡は,林の奥深くへ進んでいた.軽い斜面の登り方も,木々の間のすり抜け方も,カモシカのいうことを聞いていればいい.彼らの足跡は,いいルートを選択している.その足跡を,ノースフェイスのゴム底で塗り替えてしまうのはどこか勿体無い気がしたが,彼らが行ったその道を,その通りに歩いてみたかったのだ.

ニホンリス



時に,
夜できたであろうノウサギの足跡を眺めたり,
突然現れるニホンリスに挨拶を交わしながら,歩くこと2時間ほど.

カモシカは現れず,彼の足跡は,
僕には到底降りることのできない斜面を下っていってしまった.

迂回して,斜面の下へ出てみる.

足跡は林を抜けて,

真っ白な平原へ続いていた.

きっと,
雪の積もらない頃には畑だったのだろう.

平原の向こうは小さな山になっていて,

山の手前には枯れ木の林があり,

霧氷をつけていた.

枯れ枝についた夜露が凍り,

枯れ枝を真っ白に衣づけしているのだ.

もうだいぶ高く上がった太陽が,

その霧氷を照らし,

枯れ木たちは銀色に輝いている.

それは,とても美しい景色だった.

そしてその足跡は,

真っ直ぐその霧氷の林へと続いていた.

視力が良くないと言われるカモシカにも,あの美しい林は魅力的に映ったのだろうか.いや,彼はただ,餌を求めていただけかもしれない.

当然のことではあるが,
生き物を探しにフィールドへ入る時間のうち,
そのほとんどが彼らに会っていない時間だ.

彼らの痕跡を見つけては,
そこを歩く姿を想像し,
彼らがどんな世界を見ているのか,
想いを馳せてしまう.

何もない真っ白な平原を,
数百メートルは歩いたであろうカモシカの姿を想像しながら,
僕はその心のうちのようなものを聞いてみたかった.

2022.01.08

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