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『どうして障害者を嫌ってる奴らが障害者を見て感動してるんだ?』


 今、日本で行われてるイベントはなんでしょう?そう、それは、『パラリンピック』です!!パラリンピックは体に障害を持つアスリートが車椅子や義足を使って競技するもの、いわゆる障害を持つ人の為のオリンピックです!!自分も時々見てて凄いと思いますし、疲れた時とかに勇気をもらう事もあります。しかし、そんなパラリンピックを見たいと思わない人だってこの世の中にはいます。そして、この記事を見てくれた人達にはこの言葉を胸に刻んでもらえると幸いです。それは『明日は我が身』。

緊急事態宣言が発令される前の日の事


 自分は、友人と近くの喫茶店でお水を飲んでました。その友人は障害者施設で働いてる男性です。その日はテレビでパラリンピックの開会式が行われてました。

「メチャクチャ盛り上がってるな。Twitterのトレンドにも入ってるしー」

 自分は言葉を続けようとしたら友人は嫌な顔をしてテレビを見ていました。まるで、汚いものを見てるかの様な。

「・・・・パラリンピック嫌い?」

「大っ嫌いだ。」

「え、なんで?」

「健常者が障害者が頑張ってる姿を見て勇気をもらったり、盛り上がったりする構図が嫌なんだよ。」

 自分は最初は理解できませんでした。パラリンピックに出てる人達はみんな出たくて頑張ってきたんです。そんな人達に対しての言い方としてはどうなのか、障害者施設で働いてるのに。

「アスリートの人だって出たいって思って頑張って来たんだし、その人達に対するご褒美が感動だったり、盛り上がりと思えばいいんじゃない?

「どうして障害者を嫌ってる奴らが障害者を見て感動してるんだ?」

 この言葉を聞いてさらに理解が追いつきませんでした。

「え?どういう事?」

「お前、相模原障害者施設殺傷事件を覚えているか?」

 この言葉を聞いた時、自分は彼の言葉を理解できました。

「なるほど、酷い話だね。」

 彼との会話はここで少し途切れました。

相模原障害者施設殺傷事件を忘れてはいけない。

 みなさんはこの事件を覚えていますか?これは、2016年に有った事件です。元施設職員の人が夜中の施設に侵入して19人も殺した事件で戦後最悪とも言われた事件です。しかし、この事件は起こった事以上に自分や友人が戦慄を覚えたのは彼の発した「障害者は不幸を生むだけ、意思疎通の出来ない重度の障害者は不幸をもたらすだけで死んだほうがいい。」、彼が施設でどの様な思いで働いたかは知らない、しかし、この様な発言にSNSでは賛同の声が多かった事に対して戦慄を覚え、言い表せないやるせなさを感じた事は今でも思い返せる。何が怖いって言われると簡単な事だ。『障害者は⚪︎ねば良い』と平気で言える事が怖いと思ったし、自分は将来的に『言葉が人を死へと誘う』事が起きる将来が脳裏に浮かびました。

 少し脱線しましたが、『この事件の時にSNSで賛同してた人が今パラリンピックを見て楽しんでる人』もいる。上っ面だけかもしれないけど見てる人がいる。⚪︎ねば良いと言ってた人が裏垢で、別垢で、サブ垢で「パラリンピック凄いね!!」と言ってる人がいるこの今の構図、皆さんはこの現実に何を思いますか?



 

障害者はなりたくてなった訳じゃない。

 皆さんは、障害者というのはなりたくてなったと思いますか?『補助金がもらえるからなった』と思いますか?『なりたくてなった』と思いますか?そんな考えを持つ人はいないと思います。それよりこう考える人がいるのではないでしょうか?『自分達より楽してるくせにどうしてお金なんて貰っているんだよ。』と、そんな弱者はいなくなれば良いと。そんな人達にこの場を借りてハッキリ言わせてもらいます。

五体満足で話ができる事が、働けたりお金をもらえる事がどれだけ幸せなのか考えた事があるのかよ!!

 自分の祖父は2回も癌になって治療の結果舌がほぼ有りません。話す事だって、言いづらい所があり大変そうですし、話を聞く事も大変です。けど、一番大変なのは話しても伝わらないから必死に伝えようとする本人です。祖父は癌になる前は普通に働いていましたし、友人に会ったりしました。しかし、癌になって話し声が聞きづらくなってからは友人と会う事は無くなりました。気を遣わせたくなかったからです。自分の友人の仕事先でも元はエリートと呼ばれてた人がいたそうです。しかし、度重なる過労の結果脳梗塞になってしまい、重度の障害者を追って頷く事やものを取ることが精一杯な程になってしまったそうです。そうやって必死に働いてたのにある日突然障害を負ってしまった。そんな人達に比べたら働ける事が素晴らしい事なんです。そして、何がきっかけで障害を負ってしまうかは人それぞれで、自分が同じ立場になる可能性だって有ります。なので決して障害を負う事は他人事でない事を忘れないでください。

 『弱者』に冷たい社会

 しかし、弱者に冷たいのは一部の人間だけなのでしょうか?それは違うと思います。と言うよりも、『自分より弱かったりメチャクチャ違ったりする人物』に冷たいのが今の社会だと思います。例えばいじめ問題、パワハラ問題、社会的地位や差別、誹謗中傷などそれは一部の人間が始めた事でしょう。しかし『同調』と言うもののせいでそれが伝染してしまう。発生源が力を持ったものや目立つ人物であればそれより下のものは従ってしまう。相模原殺傷事件も行動を起こした犯人を凄いと思い「そうだそうだ」と『同調』して意見を口にする。リアルや普通ならそんなことしないけど『周りがやってるから良いよね』と言った感覚麻痺のせいで起こってしまう。それをされたものが巡り巡って自分より弱者の人間を非難する。そう言う負の連鎖を断ち切る事ができないのが人間なのかもしれませんし、社会がそれを持ち込んでる時点で『平等主義』と言うのとは程遠いのかもしれませんし、今なら誰でも口に出して言える『言論の自由』は包丁の様に『使い方を誤ったら凶器になる』代物なのかもと常々考えてしまいます。

  まとめ

 皆さんはパラリンピックを楽しんでいますか?そして、楽しんでる方々で相模原殺傷事件があった日に賛同していませんよね?「悔い改めた』とか『考え直した』とか『そもそも口にしてない』と言う方々にもいじめや見て見ぬふりとかをしている人はいるのではないでしょうか?人はそれ程綺麗では有りません。そして、そんな方々にも忘れないでほしい『世の中には過去のこと不詳を忘れて楽しんでる人がいる。』と言うこと、明日何かあったら目の前のパラリンピックの選手の様に不自由になってしまう。そうなった時や生きてることに疲れた時、選手の人達から勇気をもらえるのではないでしょうか?あの人達は障害を持ちながらも楽しく、カッコよく生きてきたり闘っています。自分はあの選手の人達から『諦めないことの強さ』と言うのを感じました。結果がどうあれ、あの体で頑張ってる人達は凄いと思いますし明日は自分もそうなってるのかもと考えると「あの人達のように生きていこう」となります。
 最後に、今は生活習慣病というのが有ります。糖尿病とか良い例ですよね。あれは酷いと手足を切らないといけなくなります。『私は大丈夫!』なんて言える時代では無くなってきてるのでしょうなので明日嫌ってた障害者になるのは自分自身、『明日は我が身』と言うのが生きてる限り付き纏ってることをお忘れなく。そして、パラリンピックの前にその様な痛ましい事件があったことを忘れないでください。

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