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学生の就職先として金融機関を開拓しろ!って言われ「はぁ?」と思った@2016年の話

大学の教員をしていたとき(2015年度〜19年度末)の話を書きます。
すでに当時の勤務先の状況が変わっているかもしれないし、「金融機関を〜」と仰った方が宗旨替えしている可能性も否定できない。
なので、あくまでも当時ボクが感じた違和感を中心に書いておこうと思う。

こうしてネットに上げておけば、これから就職活動に向かう人、就活生を支援するオトナの方に伝わるかもしれないし、何かの役に立つのかもしれない…というやや一方的な期待値(笑)。

結論っぽいけど先に書いておく

この記事は金融機関をディスる記事ではありません。結果的にそう読み取る方がいたとしても、記事を書いたボクにはその意図は無いんです。

ただ、親御さんの価値観の押し付けとか、ゼミの指導教授の人間関係維持のために金融機関を受験している学生がいたとしたら、ちょっと冷静になろうよ…と言いたいだけ。

もちろん、今の日本は全ての企業、全ての業界が20年後どころか10年後だって読めない状況にあるわけです。

そんな中でも今の学生、将来の大学生たちは自分の未来を自分で考えなきゃいけないし、自分で自分のモノサシを作らなきゃいけない。

そして大人たちは、今までのモノサシではなくて未だかつて自分たちが触れたことのないモノサシを想像して若い皆さんを支援してほしいと思うのです。

金融機関は数字に弱い学生は欲しくない

皆さんご存知の通り、金融機関はお金を媒介にしてビジネスを行います。
究極の無形商材。
窓口などのリテールならば現金を扱うけれど、ディーリングとか証券部とかになれば、データとしての数字を扱うのが仕事です。

広告やネットなど、無形商材を扱う業界はいくつもあるけれど、人気企業はいずれもそんなに間口は大きく開いていない。厳選採用が常です。

当時の勤務校の学生たちはこんなタイプが多かったんです。例えるなら
損得は直感的に理解する。
けれど、論理的に説明するのが超絶ニガテ(笑)…みたいな。

無形商材は広告であれ、保険であれ、証券であれ、銀行であれ、今ならSaasであれ、説明能力、つまりプレゼン能力が不可欠です。

就職活動が始まる半年くらい前からプレゼン能力を上げよう、数理能力を上げよう…と準備始める彼らと、小中高と積み上げてきてる他大学の学生が横一線に並ぶことの方が難しい…。

ボクが金融機関の採用責任者だったら迷わず後者を採用すると思うし。

話の概要や背景

ボクが勤務していたのは社会科学系(経済学、法学、経営学など)学部を中心に、保育系、栄養系の2学科を擁した私立4大。場所は愛知県の中心 名古屋市中心から電車で40分くらい。学生定員は1年〜4年合わせて2,000人。ご多分に洩れず定員割れが続いてました(2015年 当時)。
定員割れの原因は色々ある(らしい)のですが、この記事ではそこはスルー。そもそも地方の私大には多くみられる現象だし。

時代的な背景としては少し遡るけど、2008年9月のリーマンショックで企業さん側の採用意欲が猛烈に下がり、日本全国の大学生や高校生が就職難(=就職氷河期の再来)になる。
そのことで高校の進学率は一時的に上がるけど、好景気になると今度は高校卒業→就職…の生徒さんも増加傾向になるんですね。
生涯賃金的に見たら、地方でなら 工業高校を卒業して大手メーカーに入社するのと4大卒の総合職はそれほど変わらなかったりするからです。

話を戻します。
勤務校は事実として、2013年あたりから始まった景気回復期にいわゆる人気業界や企業、またそこに所属する採用責任者、担当者からは見向きもされなくなったってこと。
キャリアセンターのマンパワーとか、大学のブランド力とか、そもそも企業から見て率直に魅力的な学生を育てていなかったとか…。
まぁ、理由はいくらかあるんです。

だから…といっていいのか、世間的には離職率の高い業態、業界、職種からは非常に人気があった。もちろんブラックと一括りにされるような企業群も含めて。

学生たちもそこに疑問を挟まない。ある意味で素直だし、裏返せば深掘りして考えないから、目の前の自分じゃどうにもならない環境を受け入れがち。

1つの大学の中で見た場合、複数学年で就職活動の結果(内定企業とか就職率などなど)が低迷すると学生たちは自分たちのことを

・グループ面接で大学名言ったら、隣の国立のヤツに鼻で笑われた…
・あー、オレたちって頑張ってもダメなんだ
・そうだよなぁ。だってオレたちFランだしなぁ…
・大学来たらなんとかなると思ったけど、どうせムリだったんだ…
・イイとこ就職したいよ。でもさ…○○(大学名)だからさ…

こんな感じで捉えるようになる。そして、努力することを放棄し始めちゃう。

就職活動で努力しないのだから、日ごろの授業やテスト、課題で努力などするはずもない。
いや、本当は彼らだって努力したい。でも、先が見えない。彼らにとって最強のニンジン(ゴール、報酬体系)が見出せないんです。

ボクはそんな環境の大学にキャリア教員として入職しました。
大学の先生の仕事始めは4月1日。そのタイミングでは新4年生の就職活動はすでに走り出している。サポートできる範囲は限られてました。

なんだけど、ここで誰か1人ちょっとありえない成果を出しておかないと、次の就活生(当時の3年生)のサポートもシンドいよなー…と考えて。

で、偶然にもやたらと元気が良くて、上昇志向強くて、興味のあることにだけは高い集中力を見せる、なのに科目の勉強は全くしない(笑)男子学生が出現。当時のボクにとってはメタルスライムくらいに喉手でした。

彼がめちゃめちゃイイ仕事をしてくれて、上場している大手ハウスメーカーに就職した。しかも内定式では全拠点の支店長から声を掛けられ、名刺を一枚ずつもらってくるオマケ付き。
彼は配属後半年で、並いる偏差値上位校の卒業生をブチ抜いて西日本新人3位になる。卒業後5年経った今でも西日本でトップクラスらしい。

前置きが長い。この後の細かいこと書いてるともったいないので割愛。

トップの皆さんは夢を見る

翌年、「地元の金融機関を(就職先として)開拓しろ」と下知が降る。

言うのはタダだからいくらでも言ってくださって結構。
ただ、ボクは「なんだかなぁー」という感じ。いつの時代の話だろう?と。

その昔、日本国内にガンガン工場おっ立てて、製造立国とか、ジャパン アズ ナンバーワンとか言われた時代に金融機関は伸びた。日本の金融機関が発展、発達したのは製造業とセットだったから。
それは経済史を紐解けば分かる…はずです。

工場や倉庫、物流用地の取得、建設資材や機械設備、車両の購入、リースなどの手配段階では動くお金がデカい。当然仲介する金融機関に入る手数料もデカい。
部品メーカーさんと運送会社さんと完成品メーカーさんとの取引決済は当時は手形取引。これだって数ヶ月単位で億円単位が動く。
増え続ける従業員の給料振り込み、住宅ローンに自動車ローン、教育ローン…。ビジネスチャンスが指数関数的に拡大したんですね。

金融機関が関わって企業をサポートする側面が山のようにあった。だから日本の製造業は伸びたし、金融機関はそれを支えた。人口は増えた。
昭和の成長期にはそんな背景があったんです。まさに天国。

しかし、この時は平成28年。既に人口オーナス(減少)期。
そして製造の中心は中国やインドネシア、タイ、ベトナムなど、国外に移っている。

しかも金融機関ではリストラのフェーズに入ろうとしていて。学生たちは徐々に金融機関を選ばなくなっていたんですね。

そんな時に金融機関を開拓?
社会科学系の大学だから?
誰のために?大学の就職実績をよく見せるために?
保護者が喜ぶから?

そこには学生への思いは感じられなかった。少なくともボクには。

大学は自分で金を稼げない。利益を出してはいけない。法律上は。
大学の最大のスポンサーは文部科学省、その次は保護者…という具合。

お金を出してくれる人の意向に沿うのは、サービス業として当然だと思う。が、学生の将来のことはどうするの?って疑問というか強烈すぎる違和感は退職した今もなお拭えない。

価値観をリフレッシュできないまま、しかも大学の外で働いた経験のない人たちが重要事項の決定権を握っている。
※一部、例外アリ。

それで学生のためにとか言う。もちろんためになる部分もあるけどね。

で、結論

ボクは今も、大学の外側から就活生の支援をする立場にあります。ありがたいことです。

その時、ボクが必ず視界の片隅に入れていることは2つ。
1つは
この学生さんが世の中に貢献する人になるには 何が必要かなー?
って視点。

それは時に能力ってこともあるし、出会うってこともあるし、当然 働く場所(職場とか業界とか)ってこともある。

言い古された表現ですが、やっぱり人は人によって磨かれると考えるのです。彼(彼女)らにとっていい出会いをしてもらえたらそれは嬉しい。

シンドいことは糧にしてもらえたら、それも意味があるんだろうし。

そしてもう1つは
この学生さんにはどんな未来が待っているかなー?
です。

甘っちょろい考えだとお叱りがあるかもしれないですが、やっぱり人の可能性を信じたいのです。

いつからでも人は変われるからねぇ。


そんな甘々な記事でした。最後まで読んでくださってありがとうございます。



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