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メモ書き 木庭顕『クリティック再建のために』/第Ⅰ章 クリティックの起源 1 基礎部分の形成

〔自分のための読書メモ。自分用手控えのため私見が混入しているので、同書を必ず参照いただく必要があります。加筆修正中です〕


木庭顕『
クリティック再建のために』講談社選書メチエ,2022.


〇パラデイクマ(木庭・クリティック25頁)。
「パラデイクマ」とは、出来事のイメージである。
ギリシャ語でゆるやかに範型を意味する。人の行為のみならず、自然現象のイメージを含めることができる。
*出来事のシニフィエ(木庭顕「政治的・法的観念体系成立の諸前提」『人文主義の系譜―方法の探究』所収,1-29[19]頁,法政大学出版局,2021.参照)、と言ってよい。

「出来事のイメージ」は「出来事の現実の物的経過」とは区別される。

パラデイクマは行為指示性を持たない。範型であるが規範ではない(「テクストに人物Aが行為Bをしたという範型が見られる。他方、私たちはいま、人物Aと同様の状況にあるから、行為Bをするべきである」とはいえない)。しかし、範型として目の前の事象との比較検討素材、立ち止まって考える契機を提供するものとなりうる。


〇パラデイクマのヴァージョン
私たちは通常、パラデイクマのヴァージョンの差異と偏差に無自覚。

そこで、鋭く敏感に識別し、対抗を増幅し極大化する。

この作業は一種の創造である(叙事詩)。

すると、人々はパラデイクマの前で、その通りに実現する、それに従って行動する、ということはできず、立ち止まり、深く省察するしかなくなる。


〇サンタクティックな分節(木庭・クリティック27頁)
「サンタクティックな分節」とは、パラデイクマを言語によって分解・分節することである。

バージョン対抗
・アキレウスはそこで右に曲がった。
・アキレウスはそこで左に曲がった。

「アキレウス」が「対抗の軸」
「右に」「左に」が「対抗の要素」

自然言語が、こうして意味の軸をどちらかの軸の側に切る。一義的であるということ。


〇パラディグマティックな作用
諸ヴァージョンが生まれるとしても、それは原パラデイクマの範型に従っている(従属している、影響を受けている、派生している)。

孫は祖父に似ているようなもの。兄弟がその父に似ているようなものか。

このことを「パラディグマティックな作用」という。
*諸ヴァージョンの範型依存性?
*諸ヴァージョンは二重形容か。

原パラデイクマの孫ヴァージョン、その各段階のステップが明確に画されている場合、これをパラデイクマの「パラディグマテックな分節」と表現できる。


〇サンタグマティックな分節(木庭・クリティック28頁)
一続きのパラデイクマ(一体となっている出来事のイメージ)を、いくつかの切片に切り分けることを「サンタグマティックな分節」と呼ぶ。


〇原クリティック(木庭・クリティック29頁)
原クリティック:個々の知的作業がなされる段階

「原クリティック」とは、パラデイクマのヴァージョンを識別する、ヴァージョンの差異を識別するという言語を使った知的作業のこと。

*実践平面に移して言えば、行動Aをとるのか、行動Bをとるのか、言葉を使ってしっかりと考える、ということだろう。AとBは、どこがどのようにどれほど違うが、同じか、言葉を厳密に使って識別し、表現し、考える、ということであろう。


〇原クリティックⅡ
原クリティックⅡ:文学が生まれる段階

社会的現実を苦しみ、孤立し、しかし正面から見つめなおすとき、社会的現実を鋭く分析するときに開始される知的営為である。

ヴァージョン対抗の極限増幅を実現する知的営為である。


〇原クリティックⅢ
原クリティックⅢ:社会の原理にまで高まった段階

パラデイクマの対抗の極限増幅を施すという思考様式が人々の意識において不動の公理の位置に据えられた。つまり原クリティックⅡが社会的平面を獲得したとき、「原クリティックⅢ」と呼ぶ。


〇原クリティックⅢを獲得した社会はどのような社会か
およそ権威が成り立ちにくい社会である。

なぜなら、行為を指示するようなパラデイクマであっても、どのようなパラデイクマであっても、鋭い対抗関係におかれて解体されて、行為を指示する作用を失うから。

実力の形成や実力の行使がなされにくい社会である。

「何故ならば、フィジカルな集団行動であるところの実力行使は、パラデイクマが直ちに作動して物的に実現するのでなければ成り立たないから」


〇個人の自由(木庭・クリティック32頁)
エシャンジュは集団の形成・維持・再編のメカニズムであり、それは、物的過程の共有、つまりパラデイクマを共有して物的に物事を実現するということを基軸とする。

エシャンジュそのもの、あるいはエシャンジュを生命とするレシプロシテを直ちには作動させないという思考が支配的となった社会、原クリティックⅢが君臨する社会においては、集団・集団固有のメカニズムから個人が退避し、場合によっては集団・集団固有のメカニズムを解体する。

つまり、個人の自由が概念され、同時にそれが社会全体において優越的な原理となる。


〇原クリティックⅢのエクステンション
集団メカニズムが働く典型場面
「テリトリーを集団が占拠領有して果実を取るという関係」
物的過程である

物的過程を排除して人は生きて行けず、社会も成り立たない。
物的過程を維持するためには、パラデイクマを直接作動させることが必要。

するとこのジャンルでは原クリティックⅢはパラデイクマを全面的に制圧するわけにはいかないようにみえる。

しかし、原クリティックⅢのヘゲモニー下では、「別のパラデイクマ操作」の分野も、原クリティックⅢによって微妙に加工されている。

テリトリーを集団で占拠する物的過程のパラデイクマはもともと多岐にわたる。つまり初めから錯綜したヴァージョン対抗がある。

そこで A極とB極
A:人々が一体的な集団として直ちに特定のテリトリーを占める関係
B-1:テリトリーを複雑かつ重畳的に区分して占める
B-2:区分を突き詰め完璧に一人になった者が小さな限られたテリトリーのみと関わっている、この個人が完璧に無媒介にパラデイクマを現実化させている。

「同時」に作動するので、社会的緊張関係が生まれる。

一見、クリティックになじまない(テリトリー上という)ジャンル、そのパラデイクマが対抗的なヴァージョン対抗に割られ、かつ二つ同時に作動させられる。このことにより、テリトリーも原クリティックⅢのヘゲモニーに服するに至っている。

同時的に対抗したまま保存することも可能であり、すると社会的緊張関係が安定的に保たれる。

派生的パラデイクマを構築し、あえてその通りにパラデイクマを実現することもしうる。このうち、特定の言語行為の存立を保障する制度が樹立される。そこから、諸制度、社会としての決定、実現の平面、という系列が現れる。かつ、パラディグマティックな営為の結果生まれるものであるから、一義性が要請(というより内在)される(言語のポラリテ作用)。

実現の平面は万人にとって一義的である(「明日、あの川に架かる石橋を建築する」という決定をしてそれを実現するのであれば、誰にとっても、それは明後日のことではないし、木製の橋でもない)。

しかし、そもそもパラデイクマはそのままでは従い得ないものであったはず。実現の平面、これをテリトリー上の問題についてみれば、その一方の極に「極端な軍事化」(全体集団形成)があり、その他方の極に「自給自足」(完全なる孤立生活)がある。これらのパラデイクマは神話の中にしかありえない。

そこでもう一段の飛躍がなされる。それは、「原クリティックⅢの結果は、あくまで論拠のレベルにとどめること」、つまり、具体的な提案・決定の現実性レベルには下りさせないことである。さらに、「決定は一件一件具体的になされる」こと。実現の平面に向けられた提案・決定は、その時その場に限る、個別のものとなる。つまりは、次の機会には覆しえるし、変更しえる。なぜそれにこだわり、これを強調するか。権威を否定するためである。過去の社会による決定にさえも、権威性を持たせない。それほどまで、吟味・省察の意識を人々が獲得しているということであり、それを社会構成の原理にまで高めた証、ということであろう。


〇政治システムとディアレクティカ
原クリティックⅢを受けて展開されるエクステンションたる社会の決定手続きが「政治的決定手続」と呼ばれる。その営みを「政治」という。

個々人がそれぞれ徹底的に権威を解体し去っているということが不可欠であり、既存のパラデイクマを知りつつ、決してそれをそのままに従うということをせず、むしろ従いえないように分析・加工を施す営為に習熟していることを要する。

複数主体間で対抗的に言語行為を展開すること、あるいはこの全体の思考手続、をディアレクティカと呼ぶ。



【文献】
・木庭顕『クリティック再建のために』講談社選書メチエ,2022.
・木庭顕『ポスト戦後日本の知的状況』講談社選書メチエ,2024.


【参考メモ】
〇クリティック
「クリティック」とは、どうすべきかを考えるにあたって、様々な選択肢を吟味するであろうことを前提に、吟味のための論拠をまた「本当にそうか」と吟味する知的営為を指す(木庭・ポスト戦後317頁)。
選択肢の吟味自体を「原クリティック」、論拠の吟味を「クリティック」と呼べば、「クリティック」は二段階を予定しているといえる。
論拠は「価値体系」のこともあるし「事実認識」のこともある。
〇クリティックの登場
「原クリティック」を突き詰めるところに「政治」が成立する。これが発達してデモクラシー・市民社会を生む段階で「クリティック」が現れる。




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