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短編小説「空はいつも」

「まただよ。何も上手くいかねえ。」
 不甲斐なさしかなかった。今更ムカつきもしない。また同じような失敗をした。成長をしない自分にも落胆するが、なんでうまくいかないのかもよくわからない。まあ、だからダメなんだろうな。

 俺は既に25歳の営業マン。社会人になってから長い時間が経っている。それなのに今日も仕事でうまくいかない。朝までは綺麗に着こなしたスーツがくたびれていた。ベルトが緩み、ズボンは腰履き、ネクタイも緩み、垂れ下がる。
都会のビルのガラスに映る自分の姿を見れば、
「いや、こんな営業マン上手くいくわけないだろ…。」
と反省しながら、また自分で自分の自信を失くすようなことを考えていた。周りを見れば、仕事終わり楽しそうに帰るサラリーマン、おしゃれなアパレル関係の人達、笑顔でデートするカップル、楽しそうな人ばっかりだった。俺はどうだ?今日も仕事で失敗して下を向いて歩いてる。

 仕事終わり、もう何も考えたくない。イヤホンを耳に差し、音楽を聞く。こういう時は決まって、同世代のアメリカのラッパーの曲を聴く。世間ではエモとかクラウドとか言われるが、そんな簡単なジャンルじゃない。Sad(悲しい)というジャンルが一番しっくり来るみたいな感じになっているが。そんな簡単でもない。あいつらはもっとカオスでもっとどうしようもない怒りや虚しさをぶつけるところもなく、音楽にしてるんだ。俺にはそれがものすごくわかる。音楽を聴きながら、歩けば何も考えずに帰れる。電車に乗っても、満員電車も騒音のような話し声も聞かずにいれる。狂ったような異常なオルタナティブなビートやフラストレーションが爆発したようなギタービートが耳の中で暴れる。

 音楽聴くだけでストレスが発散できるなら、コスパが良いよな。俺は音楽を消費してない。音楽という世界で、音楽という海の中で浮かんでるように体全体で感じる。そうすると俺の中でまた何かが生まれるんだ。

 音楽は良い。何も考えずにいられる。感傷に浸ることもできれば、前向きにもさせてくれる。一方でTwitter、今はXだっけか。こっちはどうだ。開けば、今日もクソみたいな綺麗事の格言が流れてくる。
「常に前を向いて歩こう。前を向いていれば、いつかはゴールに辿り着ける。」
 綺麗事でしかない。人間、皆前は向いているんだよ。でも、どうしても立ち止まることもあれば、つまづくこともある。その時に下を向いてしまうんだよ。その時に後ろばっか見てしまうこともある。その後、すぐに前を向いても、進める心にはなれない。

 だから俺は名言とか成功法則とか占いとかは嫌いなんだ。綺麗事でしかない。多分だけど、成功してるほど泥臭いし、苦しみや寂しさの中で自分に打ち勝って生きている。そんなものを見て、前を向けるなら、誰も悩まないだろうし、失敗もしない。

「ふざけんな。」

 怒りと共に電車を降り、出口へ向かった。重い足を動かして、地上の階段を上がって行った。階段を登り切る手前でさらに足がゆっくりになった。

「ああ。こういうことだったのか。」

 空が綺麗だった。あんなにバカにしていたのに、すごく綺麗だった。階段に向かって夕焼けの光が差している。オレンジのようなピンクのような夕焼けが空を照らす。真っ白な黒が照らされ、空全体が輝いてる。決して晴れている訳じゃない。天気予報を見れば、曇りだ。でも、綺麗だった。

 単純なことだったんだ。意味なんかいらない。前なんか向かなくていい。上を向けば良かったんだ。これに気づけたら、俺は明日も上を向けば、頑張れるのかもしれない。

だって空はいつも綺麗だから。

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