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学びあうオープンイノベーション(1)~三菱スペースジェットとホンダジェットを分けた要因の本質は何か~

 2024年3月に日本経済新聞出版より「学びあうオープンイノベーション ~新しいビジネスを導く“テクノロジー・コラボ術”~」を上梓しました。
 このnoteでは、この本で書かれた内容について、本文中には書かれなかった背景にあるものや、本題から外れるため書かなかった考察結果について解説します。本書と一緒に読むことで楽しんで頂ければと思います。

 まず初めに、本書の冒頭で登場するのは、2003年にアメリカの経営学者であるヘンリー・チェスブロウ氏が提唱したオープンイノベーション(※1)の考え方です。それは「研究開発を全て自社内で行う企業は、製品の市場投入までに時間がかかる。その一方で、自社と外部の知識を組み合わせて活用できる企業は、製品をより早く市場投入でき、結果を出していた」というものです。
 そして本文の最初に登場するのが、チェスブロウ氏が提唱した通りの結果となった三菱スペースジェット(旧MRJ)の開発中止・事業撤退の事例です。この三菱スペースジェットの事業撤退にある要因は米国で型式証明を取得できなかったためなのですが、これを米国で型式証明を取得できたホンダジェットとの比較という形で考察しています。
 チェスブロウ氏が唱えた前半の「研究開発を全て自社内で行う企業は、製品の市場投入までに時間がかかる」の通りとなったのが三菱スペースジェットのケースで、後半の「自社と外部の知識を組み合わせて活用できる企業は、製品をより早く市場投入でき、結果を出していた」の通りとなったのがホンダジェットのケースでした。
 本文中でも述べた通り、旅客機と小型ジェット機を単純に比較できませんが、開発当初に自前主義にこだわった三菱重工と、最初から外部連携のもとで開発を進めたホンダとでは、結果に大きな差が出ました。

 この考察は本文中で述べた通りなのですが、それではなぜ、三菱重工が自前主義にこだわった一方で、ホンダは最初から外部連携で開発を進めることができたのでしょうか。
 ここからは筆者の推測になりますが、それは両社の組織風土の違いではないかと考えます。日本のモノづくり企業の多くは三菱重工のように自前主義にこだわる傾向にあるといわれていますが、ホンダには最初から外部連携で開発を進める組織風土があったのではないでしょうか。
 そして、ホンダのそうした組織風土はF1で培われたのではないかと考えます(※2)。ホンダは、F1に参戦するにあたってウイリアムズやマクラーレンといった海外チームとエンジン供給という形でF1マシンを共同開発する経験があり、三菱重工にはそうした経験がなかったと考えられます。
 ホンダは、こうしたF1での経験から、航空機という未開拓の領域に挑戦する際、全てを自社だけ賄おうとするのではなく、外部連携が効果的であることを組織として学習していたのではないかと考えます。
 ホンダは、F1という高度な技術が求められる世界で、他社と、しかも海外の組織と共同で一つのマシンを作り上げた経験から、他社と対等な関係で“学びあう”組織風土が根付いていたのではないでしょうか。

 ちょうど、このタイミングで政府が2035年をメドに国産旅客機開発の方針を発表しました。この発表では「1社ではなく複数社による開発を促す」とあるそうです(※3)。次は、必ず成功して頂きたいです。

※1:「オープンイノベーション」ヘンリー・チェスブロウ著(2008年)英治出版
※2:ホンダHP「ホンダレーシング情熱と叡知の結晶(F1第Ⅱ期)」より
※3:日本経済新聞2024年3月27日記事「国産旅客機、2035年メド開発の新戦略 経産省が提示」より


■学びあうオープンイノベーション ~新しいビジネスを導くテクノロジー・コラボ術~ (2024年)日本経済新聞出版

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