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リーダーの存在意義

リーダーをどうしても決めなければならないのか、またそうであればその方法は今のままでいいのか、リーダーの存在意義について述べてみます。

TEAL組織

組織が大きくなると職場にはリーダーが必要と感じるようになります。ピラミッド型の構造になっていて、上に行くほど給料が多く、社会的ステータスも高くなります。その価値観でものを見る限り、学校を卒業してサラリーマンになる人の多くはリーダー、それも出来るだけピラミッドの上を目指します。上になるほど社内での権限や情報が多くなる事もあります。そして上に行くほど現場から遠ざかり現場が見えにくくなります。問題はそのリーダーの選び方です。

リーダーの選考方法はよほど会社が小さい時は別として、公平性を保つ為にも筆記や面接による試験が行われます。つまり、メンバーを振るいにかけるわけです。その場合、問題は受験上手なグライダー人間やブロイラー人間がそういう試験に合格する場合が多いということです。その場合相応しくない人がリーダーになる事がかなりあります。そのような人が責任者に選ばれると部門としての成長は阻害されます。

一つの解決方法としては、組織構造を変えてしまって自然発生で出来たもの以外はリーダーがない組織にするという方法がありますが、既に大きな会社で苦労して手に入れた高い給料や地位を投げ出してもいいという人はほぼ居ないでしょう。その意味では今、世界の一部の人の間で知られているTEAL(進化型組織)は成長を続けていくのに適した組織論かも知れません。

大事なのはメンバー間のコミニュケーションです。

共産主義

共産主義が崩壊しつつある時期に当時のユーゴスラビア、今のクロアチアのザグレブで、テレビスタジオの工事をしていました。そこでは若者が集まるとよくこういう話をしていました。『共産主義は非生産的で、平等を重んじ過ぎる為、働いても働かなくても給料は同じ、これでは労働者のモチベーションが上がるはずがない』との事でした。

確かに、当時の公営レストランに昼食を食べに行くと、まず注文を聞きに来るのに一時間、料理が出てくるのに一時間、次に勘定するのに一時間、合計3時間もかかり、既に2時間も待っていた事もあり、空腹で食べる時間はたったの5分程度でした。これでは仕事になりません。

またお店に売っている商品はどこの店も同じ値段。品物の価値は工場で作られるもので商業のような非生産的業種で不当な儲けがあってはならないとの理屈でした。

早く食べられるという価値や商品がすぐ手に入るというような事を無視する。唯物論が行き過ぎるとこうなるのかと思いました。これは国としての社会構造の問題だと再認識しました。

リーダーの資質

中国明代の思想家である呂新吾は『呻吟語』の中で、『深沈厚重なるは是第一等の資質』と述べています。つまり、リーダーとして一番大事な資質は常に深く物事を考える重厚な性格を持つ人格者であるべきだと言っています。

更に『聡明な弁なるものは是第三等の資質』と述べています。つまり、頭がよくて才能が有り、弁舌が立つことは、三番目の資質でしかないと言っているのです。ところが現在、呂新吾が言う第三等の資質しか持っていない人、つまり聡明才弁の人をリーダーに選ぶことが洋の東西を問わず広く行われています。

確かにこのような人材は能吏として役に立つことは間違いありません。しかし、彼らが立派なリーダーとしての人格を備えているかは疑問です。現在世界の多くの社会が荒廃しているのは、このように第三等の資質しか持っていない人材をリーダーとして、登用しているからだと思います。

従ってより良い社会を築いて行く為には、呂新吾が述べているように第一の資質を持った人、つまり立派な人格者をリーダーにしていかなければなりません。しかしこれは今の試験制度で選ぶのは至難の業です。大きな組織の場合、まず人事部門の人の資質が大きな課題です。

また人格というものは先天的なものでも永遠不変なものでもありません。人格とは時と共に変化していくものです。生まれつき立派な人格を持つ人でも、一生を通じてその優れた人格を持ち続けるのは珍しい事です。人格はその人を取り巻く環境により時々刻々良い方向にも悪い方向にも変化するからです。

努力家で謙虚であった人が一度権力の座に就くと、人が変わったように傲慢になってしまい、晩節を汚すケースがよくあります。一方、前半生に世を拗ねて反社会的な生き方をしてきた人がある事をきっかけに苦労を重ね辛酸をなめながら晩年に素晴らしい人格者になった例もあります。

従ってリーダーを選ぶ基準はその時点での人格だけでは判断できません。人格は多くの知識を詰め込む事ではなく日々の労働を通じて向上できます。つまりチーム全体が仕事の内容や社会に役立つ事に視点を当てて、外向きに行動する事です。その場合、地位としてのリーダーは不要ではないかとさえ思います。

実際リーダーとして働いてきた多くの人達も同様に思っていて、これは多くの国で共産主義をやめたように社会全体で改善すべき課題です。それを実施できた組織から継続した発展が可能になる事でしょう。

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