見出し画像

家族 〜その3「キューピッドカウンター」〜(5分間小説)

【5分で読める小説です】
家族をテーマに、3篇ショートショートをアップさせていただきます。その3です。今回は、家族というよりファミリー、と言った方が良いかもしれません。

【本編】
東京銀座の、とある観光ステーション。コロナが明けたばかりの頃は欧米や東南アジアの観光客が多かったが、最近は世界各国からやってくる。平日の日中はなおさらだ。目の前を通るのはほとんどが外国人観光客だ。

今日も、かんなさんとフさんのカウンターには絶えず世界中の人が訪ねてきていた。かんなさんはアメリカ帰りの帰国子女で英語づかい、フさんは上海生まれで日本移住者だ。

「梅雨の季節なのに人多いですね~」とかんなさん。
「紫陽花の季節だし、7月になると富士山にも登らるようになるからですかね」とフさん。
「フさん、登らるじゃなくて、登れるですよ」とかんなさん。
フさんは日本に来てだいぶ経つ。日本の観光については詳しくなったが、面白い日本語を使う。イビキとニキビの区別が苦手で、イキビ、ニビキと間違ってしまう。

そんな雑談をし始めたところ、次のお客さんがやってきた。欧米系と思われる30歳前後の男性が一人、中華系と思われる25歳前後の女性が一人、それぞれ一人旅の様子だった。
かんなさんとフさんは手分けをして対応することにした。男性の方を英語使いのかんなさん、女性の方をフさんがそれぞれ話しかけた。

「Can I help you?」
「I would like to go to Kamakura」
「To get to Kamakura, take the Yokosuka Line from Tokyo Station and get off at Kamakura Station. It takes about one hour」
「Got it!Thank you very much!」

「有什么需要帮忙的吗?」
「我想去镰仓」
「前往镰仓,可从东京站乘坐横须贺线,在镰仓站下车。 车程约一小时」
「谢谢」

こんなやりとりをそれぞれした後、二人の観光客はおのおの出ていった。二人がカウンターを後にしたのを見計らって、フさんがかんなさんに聞く。
「カマクラって聞こえたけど、男の人も鎌倉に行きたかったですか?」
かんなさんが答える「そうですよ~ え、じゃあの女性も?」
「そうなんです。同じ電車になるかもですね」
この時期、紫陽花を見に鎌倉を訪れる人が多いと聞く。きっとあの二人も東京観光のついでに鎌倉まで足を伸ばすのだろう、と二人は思った。

ーーーーー

季節は秋も深まり、冬が近づいてきた。
京都の紅葉がピークを迎えようとして賑わいを見せているとニュースが言っていたある日、珍しく日本人がカウンターに訪ねてきた。黒ずくめの男性、少し怖い感じにも見えた。かんなさんとフさんは目を見合わせた。少し構えて、かんなさんが話しかけた。
「どうかされましたか?」
黒ずくめの男性は「こちらは観光ステーションですよね?」
かんなさんは答えた「はい、そうですが、どちらかご案内いたしましょうか?」

「いえ、観光は大丈夫です。ところであのう、この二人はご存知でしょうか?」黒ずくめの男性はスマホをカウンターに向けた。フさんも寄ってきて、二人で覗き込んだ。二人の男女のアップの写真だった。

どことなく見覚えはあるが、どこで会ったんだっけ?少し間が開いて
「あ!」二人同時に言った。
「夏前に鎌倉に案内した男性です!」とかんなさん。
「その時に、私も鎌倉を案内しました。この女性です!」とフさん。
その写真をもう一度見た。黒ずくめの男性がスマホをピンチアウトしたら、背景に鎌倉の大仏が写っていた。

黒ずくめの男性が言った。
「やはりここでしたか? いえ、私は興信所のものです」
「興信所?」フさんが聞いた。
「いわゆる探偵です」男性が答えた。続けて言った。「このお二人、鎌倉でバッタリ会ったそうなんです。その時にこのカウンターで見かけたという話から始まって、鎌倉散策を一緒にして、すっかり意気投合したそうなんです。」

かんなさんとフさんは目を見合わせた。黒ずくめの男性は続けた。「女性は中国の方なんですが、帰国後はカナダのバンクーバーに留学予定だったそうなんです。」

かんなさんが思わず聞いた。「まさか、男性ってカナダの方でしたか?」
黒ずくめの男性は答えた。「よくお分かりで。そうなんです。しかもバンクーバーの方だそうです」

かんなさんとフさんは、目を丸くした。フさんの小さな目も丸くなっていた。
黒ずくめの男性は続けた。二人の反応を見て少し楽しんでいるようにも見えた。
「女性の方がバンクーバーに行って再会して、付き合うことになったそうです。お二人によると、女性の方が卒業したら結婚する予定だとか。私は昔留学していたので、何かの役にでも立つかなと思って英語用のホームページを作っていまして、そうしたらお二人から先日連絡ありました。自分たちの出会いの場所に行って案内をしてくれた二人にお礼を伝えてほしい、と。」

かんなさんとフさんはことの顛末を聞いて、驚きと嬉しさとが入り混じった表情になった。かんなさんが答えた。「わざわざ伝えてくださってありがとうございます。特に何をしたわけではないですが…」

「いえいえ、あのお二人は、ここに来なかったら自分たちはきっと会えなかっただろうし、あのカウンターはキューピッドカウンターです、と言っていましたよ」

「キューピッドカウンター?」フさんが言った。
「そうです、二人を引き合わせたからキューピッドカウンターです。」黒ずくめの男性が言った。
「さっきのお二人の写真もらっても良いですか?」かんなさんが言った。
「はい、お二人からは、カウンターに飾ってもらえたら嬉しいと言っていましたので、こちらデータでお送りします」黒ずくめの男性が答えた。

ーーーーー

次の年の紫陽花の季節になった。カウンターには外国人カップルの写真が何枚も飾られていた。SNSでキューピッドカウンターと言う口コミが広がり、一人で旅に来る男女や、結婚を控えたカップル観光客の聖地化したのだった。かんなさんとフさんも一緒に写真を撮って欲しいとせがまれることが多くなった。

もうすぐ七夕。用意しておいた短冊に、観光客も興味を持ち、願いを書くようになった。カウンターの短冊も今年は例年以上に大賑わいだ。

「Excuse me?」次のおひとりさま観光客がやってきた。
「May I help you?」かんなさんが答えた。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?