しまおまほ著『スーベニア』感想

今回は、漫画家、エッセイスト、作家、ラジオパーソナリティとしてお馴染みのしまおまほさんが先日出版された『スーベニア』という小説の感想を書きたいと思います。

最近爆笑問題カーボーイのネタ投稿において、しまおまほさんのお名前を多用しているので、カーボーイリスナーの方は、私がしまおさんファンであることはお気づきかもしれません。

元々は、TBSラジオ「アフター6ジャンクション」の前身番組「ライムスター宇多丸のウィークエンドシャッフル」内でしまおさんが担当されていた「ぼんやりいい話」というコーナーが好きで、それきっかけでしまおさんの『マイ・リトル・世田谷』というエッセイ集を読んだんですが、私はこの『マイ・リトル・世田谷』を読んで以来、しまおさんの文章が大好きになりました。
内容としては、しまおさんの実家がある世田谷にまつわる話や子供の頃の思い出話などが中心なんですが、読んでいるうちに「こういう友達がいたなぁ。あいつ今何してんのかなぁ。」とか「昔行ったあの場所、今どうなってるのかなぁ。」と、自然と自分の地元や子供の頃のことまで懐かしく思い起こされて、なんだか心が温かくなるような、切なくなるような素敵な作品です。
私が思うに、しまおさんの書く文章は決して押し付けがましくない形で、読み手の共感性を刺激するというか、自然との自分のことのように入ってくる魅力があると感じます。
そして、今回読んだ『スーベニア』にも、その魅力がしっかり詰まっていました。

というわけで、前置きが長くなりましたが、ここからが本題の『スーベニア』の感想です。
舞台は2010年の東京、フリーカメラマンのアラサー女性安藤シオと3人の男性の恋愛模様を描いた作品です。
ジャンルとしては恋愛小説ですが、決してドラマチックな激しい恋や瑞々しい純愛が描かれているわけではなく、シオの恋愛は生々しく現実的で、誰もが夢見るような恋愛という感じではありません。
シオと関係を持つ3人の男性は、掴みどころがなく何を考えてるのか分からないアーティスト気質の「文雄」、妻子持ちでちゃらんぽらんな「点ちゃん」、自己中心的で思いやりに欠ける元カレの「角田」と、私がもしシオの友達なら「そんな男やめときなよ。」と言いたくなるような男ばかり。
恋愛も含め、周りの目を気にして様々な決断を先送りにしながら日々を過ごしてきたシオでしたが、3.11の東日本大震災をきっかけに3人の男性たちとの関係も少しずつ変化していきます。
何がどう変化していくかというのはネタバレにもなってしまいますので詳しくは触れませんが、シオも読者も胸の中のモヤモヤは徐々に大きくなっていき、最終的にシオが選んだ答えにより何かが解決されるというわけでもありません。
こう書いてしまうと物語としてそれってどうなの?と思われる方もいらっしゃるかも知れませんが、これこそがシオと読者の人生とが重なり合う一番大事なポイントなのではないかと思います。
実際、私も生活の中で常に「この先自分はどうなっていくんだろう」という不安感を抱えて生きていますし、その答えは誰にも分りません。
そして、不安を抱えながらも自分なりに折り合いをつけ、決断していくしかないのですが、その決断により、不安感や心配事が完全に解消されるなんてことは滅多にないでしょう。
そういった点で、作中で描かれるシオの人生は非常に現実的で、私事のように切実に感じさせられますし、シオの両親の心情などを考えても非常に胸にグッとくるものがあります。

また、作品内では東日本大震災により失われた日常が、元通りには戻らないながらもなし崩し的に戻っていく当時の様子が描かれており、これも新型コロナウィルスにより非常事態に陥った世の中が、完全に克服できたわけではないが何となく折り合いをつけて日常を取り戻していかざるを得ない現在の状況とつい重ね合わせてしまいます。

しまおさんはインタビューで、この作品には自身の過去の経験が反映されているとおっしゃっていましたが、たしかに作中で描かれている人物の性格や生活の描写は実際のモデルが見えてくるような細やかさがあります。
シオの生活感あふれる部屋の様子や、角田の相手を気遣っているようで実は自分のことしか考えていないのが節々から伝わる台詞回し、女友達の結婚相手のFacebookから感じ取れるナオトインティライミっぽさ、などは、ある種のあるある的なリアルさがあり、容易にその様子を思い浮かべることができます。
こういった細かな描写の積み重ねが、作中の出来事を読者が自分のことのように入り込んで想いを巡らせてしまうしまおさんの文章の魅力の一因となっているのかもしれません。

この作品を読み終えた時に私に訪れた感情は決してスッキリしたものではなく、切なさや心細さに似た感情でしたが、シオのような決して特別ではない市井の人の心の揺れ動く様や生き方に触れることは、同じく決して特別ではない自分自身の生き方を見つめ直す時間を与えてくれます。

作品の構成は、短いエピソードを組み合わせる形になっていて、テンポよく読み進めることができますので、私のように本を読むペースが遅い人にもおすすめです。
しまおまほさんの『スーベニア』、興味を持たれた方は是非読んでみてください。

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