【第3話】 家のない車夫🇮🇳
チェンナイ・ビーチ駅。その名が目に入った瞬間、ここで降りようと決めた。たとえ誰も取材できなかったとしてもビーチがあるならそこで甲羅干しをすればいい。それだけで元が取れるかもしれないと思うことにした。
前日に泊まった宿のエアコンが壊れており、吹き出し口からは水が滴っていて部屋はカビだらけだった。朝起きると咳と鼻水が止まらず、どうやら一晩で体調を崩してしまったようだ。外に出るとフラッとした。それにつられて心も弱ってしまったのかもしれない。
この取材は彼が客引きで声をかけてきたことから始まった。彼を取材した時の状況はなかなか珍しいものだ。彼はヒンドゥー語も英語もタミル語も話せないということで、急遽通りすがりの男に通訳を頼んでインタビュー音声を収録したのだ。
チップを渡すのが自然に思えた。彼らがこういったイベントや出来上がった映像をプロモーションに利用しないのは明らかだ。
カメラを向けると少しはにかんだ様子でリキシャを漕ぎ始める。彼が漕ぐのを撮ろうとして道路の真ん中に出た時、後続の車に目をやり「気をつけろ、車が来てるぞ」と声をかけてくれた。
どんな気持ちだったのだろう。ジョージタウンは観光客などほとんど歩いていない。異国人がカメラを抱えて「インタビューさせてくれ」などと言うのだからおかしく思ったに違いない。
彼は取材が終わると仕事の表情に切り替え、リキシャを漕いで去っていった。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?