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青春ドロップキック【7.落書き】

それからの1週間は、もやもやとした何かを抱えたまま過ごした。それはどのクラスメイトも同じようで、どこか活気がなかったように感じられた。どれだけ原野さんが持ち前の明るさでクラスをにぎわせていたかが思い知らされる。

いつの日か、たまたま帰りが一緒になった百田さんと話しながら予備校へ向かった。

百田さんは原野さん、僕は梶田さんと横井君と同じ予備校に通っている。百田さんたちが通う予備校は授業形式で、対して僕らは自由の利く通信講座形式なので、教室を出る時間には違いが出る。いつもは先に百田さんと原野さんが教室を出る。僕らは教室で駄弁ったり、たまに課題を終わらせてから予備校へ向かう。

百田さんはいつも原野さんと一緒に予備校へ向かっていたので、この1週間は基本はひとりぼっちで予備校に向かっていたようだ(たまに梶田さんが一緒に帰ってあげてたようだ)。

「原野さん、早く戻ってくるといいね」

「そうだね。たまに梶ちゃんと帰るから大丈夫だけど…うん、やっぱり寂しいかなあ。でも、もう少ししたら戻ってくるし」

「ああ、そっか」

「そうだよ。あ、じゃあ私こっちだから。…ふふ、ありがと。じゃあね」

「……?あ、おう、じゃあね」

何にお礼を言われたのかわかりかねたが、そのまま別れを告げて僕は予備校の駐輪場へ入っていく。


それから数日して、原野さんが学校へ登校するようになった。原野さんは朝のホームルームの時に手を挙げ、クラスメイトの皆にお礼を述べた。いつも通りとはいかないが、笑顔がそこにはあった。

何事もなかったように授業が進んでいく。原野さんが話題にしない以上、クラスの皆も必要以上にその話題に触れずにいつも通りふるまっているようだった。それが正しいことなのだろう。僕らには何も出来ないのだ。

今日最後の授業は化学だった。チャイムが鳴る3分前に、休み時間の余韻を引きずりながら、たらたらと化学室へ向かう。

化学室での授業だけは年間通して席替えが行われず、ずっと出席番号で固定されていた。担当の先生曰く、「もう年だから席をしょっちゅう変わられたら名前を間違えてしまう」だそうだ。

そういうわけで僕はずっと原野さんが隣の席だった。化学室に入ると、原野さんはすでに化学室特有の黒色の長机、その右側に座り、ノートとプリントを眺めていた。休んでいた分の授業の進度を確かめていたのだろう。

その姿を確かめたその時、チャイムが鳴る。急いで僕は長机の左側に座る。少しして準備室から先生が現れ、号令を促す。

「ねえ、このプリントはもう終わったの?」

先生が板書を行っている間に原野さんが小声で尋ねてきた。

僕が身を右に寄せてプリントを覗き込むと、前回途中で終わったプリントだった。当然だが、前回埋めた空欄が埋まっていない。

「それ前回からやってるやつ。ほら、俺のやつ見てとりあえず埋めた方がいいよ」

「ん、ありがと」

原野さんがこちらを見てにこり、と微笑む。その笑顔が、何故かあの雨の日の顔と重なり、胸がどきりと鳴る。

「いいよ、はい」

先生に見つからないよう、プリントを原野さんの方へずらしながら渡す。原野さんはそれを受け取り、自分のそれと重ねながら書き込みを始めた。僕は視線を正面の黒板に戻す。教室には、ただ先生の淡々とした話し声とシャープペンを走らせる音だけが広がっていく。

すぐ隣で、かつかつとシャープペンで机を叩く音が聞こえた。ちらりと横に視線を移すと、原野さんがプリントをこちらに戻してきた。僕は正面を見ながらプリントを受け取る。化学の担当は生徒的には注意の必要な厳しい先生なので、よそ見などが見つかると色々面倒くさいのだ。

戻ってきたプリントを見ると、右隅に小さく、「ありがと!」と書かれてあって、その下に僕の似顔絵らしきイラストが描いてあった。

少しにやり、として少し原野さんの方を見ると、プリントに書き込みをしている、ように見えた。いや、書き込みも行っていたが、その少し下、黒い机にも何か落書きをしているようだった。

気になるが、顔を下に向けている原野さんの髪がカーテンのように垂れ下がり、良く見えなかった。よそ見がばれるのも嫌なので、諦めて授業に本腰を入れることにした。

そうして淡々とお経のように頭に入ってくる先生の声に欠伸を噛み殺しながら50分が過ぎた。授業終了のチャイムが鳴る。

軽く伸びをして席を立とうとした僕に、原野さんが話しかけた。

「あ、机の落書き、消しといて!じゃあね~」

僕が何か言い返す前に教科書を持っていない右手をひらひらと振って、原野さんは化学室を去っていった。

仕方なく一度持った教科書を机に投げ出して、筆箱から消しゴムを取り出しながら原野さんが落書きを残したであろう場所を見る。

黒色の机なので一見何も書いていないように見えたが、天井の光がシャープペンの鉛色を鈍く照らし出した。

そのメッセージを見て、僕の消しゴムを持つ手が止まる。



“この前は、ありがとう。嬉しかった”


僕は、その落書きを消すことをしばし忘れ、そのメッセージを手でなぞっていた。そして何故か、僕はあの日に見せた原野さんの涙にぬれた笑顔を思い出していた。

しばらくして、僕は消しゴムをしまい、代わりにシャープペンを取り出す。そして原野さんの落書きに下向きの矢印を書き足して、続けて僕はこう書き足して化学室を後にした。


「少しでも力になれてよかった」



【登場人物】
・僕(私):主人公(hinote)
・百田さん:クラスメイトで僕と同じく剣道部。原野さん梶田さんと仲良し。
・原野さん:仲の良いクラスメイト。百田さんと同じ予備校に通う。
・梶田さん:仲の良いクラスメイト。僕と同じ予備校に通う。
・横井くん:仲の良いクラスメイト。原野さんと幼馴染。

この話に登場する人物はすべてモチーフがいます(リアル友達)が、名前は変えております。小説風に体裁を整えておりますので、多少の脚色はありますが、基本的なところはノンフィクションです。




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